まずはひとつめとして、以下の論文について見てみる。
論文
論文の評価基準としては、初めに線量測定の結果について検討し、これをクリアしたら本論の結果、すなわち生物影響について見てみようと思う。理由は、当然、照射効果についての論文であり、なおかつ、その効果を、既によく知られた、よく確立された従来のモダリティーと比較するという研究であるためだ。線量測定を正確に行った上で、ベースラインを合わせないことには、影響の比較はできないし、意味もないし、それ故に示してある結果も信頼できない。もし自分がこの研究をやれ、とか引き継げ、と言われたときにもしその効果の違いが単に総線量の差だった、とかいう可能性がでてきたらどうする??照射効果の比較の研究で線量測定に怪しいところがあるということは、そういうことだ。
評価は以下のように個人的に、「研究の怪しさ」を5段階で評価してみようと思う。
研究の怪しさ
評価値 | 評価 | 意味 |
S | 不幸にも良い論文である。 | 線量測定も良い。結果も良い。文句はない。 |
A | 認めたくないが、信じよう。 | 問題はない。 |
B | しょうがないから、ちょっとは信じよう。 | 怪しい。しかし、結果で興味深いものがある。 |
C | 信じたら駄目なヤツ。 | 限りなくゴミ。何かしら間違った解析や結論を導いてしまっている可能性 がある。 |
F | ゴミ。 | 完全なるゴミ。自信を持って却下。反論の余地なし。 |
論文の目的
最近の照射モダリティーなんかは短時間に目的の線量を照射することができるが、今のところ(2014)その効果の詳細を解析した研究がない。なので、よく知られたC57BL/6の肺線維症モデルを使って、通常の線量率とFLASHの効果のポテンシャルを解析した。
結果の概要
C57BL6の肺領域にFLASH(4.5MeV電子線、60Gy/s)照射すると、同等線量の従来の放射線照射法(137Cs、662KeVガンマ線もしくは200KVpX線)の場合に比べて肺実質に起こる線維化、肺胞壁の肥厚やアポトーシスが有意が抑制された。また、HBCx-12細胞(マウスのTNBC??、Mammary fat pad transplantation)とHEp-2細胞(頭頸部がん細胞、皮下注射)の腫瘍増殖は両者の照射方法により同等程度抑制されており、さらに、transpleural injection(胸腔内注射)によりTC-1細胞(マウス肺がん細胞、Luciferase(+))を移植されたマウスの生存率は、FLASH照射と従来の照射で同等程度延長した。
問題点
問題点1・線量測定
やっぱりここが問題であり、研究の大前提がゆらぎかねない。これがこの研究テーマの怪しさの原因である。この論文では両者のRBE(Relative Biological Effectiveness)を気にしており、他の論文(文献45)で両者の生物学効果は同じであることを主張している。ガンマ線と電子線のRBEはほとんど同じであることは、よく知られている。放射線の生物影響で重要なのは、吸収線量が同じかどうかだと思う。違っていれば、それは「濃度の違うAbraxaneとPaclitaxelを使って両者の影響を評価する。」ということに近い。そんなもん、もちろん違う。この吸収線量について筆者らは「今のところFLASH(のような高線量率照射)で使える線量計は存在しない」とか言っており、その代わりに化学線量計のBlue methyl viologenというcolormetric dosimeter的なヤツを使っている。この線量計は低線量領域ではフリッケ線量計やKSCN線量計なんかと相関しているらしく、線量率とはindependentに線量計として使えるらしい。本当かいな。Googleで検索してみると、確かにフリッケ線量計は線量率に依存しないらしい。でもちょっとまってくれ。一番重要なのは、照射された総線量が、そのγ線、X線と電子線で同じなのかどうなのか、ということだ。同一条件で137Csのガンマ線や200KVpのX線でもそのBlue methyl viologen線量計を使って、適切に補正するなり何なりして、吸収線量を出す必要がある。延々とそのなんとかいう線量計のなんたるを示すデータがSupplemetal Figureに載ってたけど、一番重要な「実際に実験に使ったFLASH電子線照射と比較対象の137Csガンマ線が本当に許容範囲で同じような吸収線量を照射しているかどうか」比較した図が無い。いつもこのFLASHの生物影響の研究で不味いと思うのが、こういった実験結果を担保するような実験結果がないことだ。なんでこんなに良いジャーナルなのに、そんなことを筆者らに要求しないのだろうか。線量計まで有るんだから、測定は出来ると思うのだが。この研究は異なる機器、異なる線質、大きく異る線量率の放射線を使うことで、それにより誘発される影響をの違いを比較しようする研究である。線量曲線はSupplemental Figure S5に載っていたが、それはなんとPercentage of Depth Dose; PDDであり、相対線量(%)だった。そうじゃあない。知りたいのは校正された線量計を使って求められた吸収線量(Gy)の値である。おそらくこのPDDを示したのも、解析対象の一つが肺であることによると思ってる。肺は空気であり、PDDが急激に変化する。吸収線量が水の部分とくらべて減少するはずである。こういうことをクリアするためにも、おそらくPDDを載せたんだろう。でも、なんども言うが、違う。知りたいのは「その2つのモダリティーによる吸収線量が同じかどうか」だ。そのデータがない。
問題点2・増殖のとマウス生存率の統計
まず、腫瘍増殖能やマウス生存率の解析で使用された統計がよくない。この研究では腫瘍の増殖のデータからナントカという計算によりパラメーターβを計算して、そのパラメーターについてT検定している。医学・生物学分野で、最も単純で、わかりやすいものは、この手のデータでは2way ANOVA、必要ならばFDRの補正だろう。正直、それで十分かつ最も信頼がおけると思う。おそらく、レビューアーから指摘されて、なんか複雑なことを書いて煙に巻いたのだろう。また、生存率の解析で利用された統計について論文中に書いていない。自分はこの統計は間違っていると確信している。Figure 4Aでは、COMNVとFLASHの生存曲線は完全にクロスしている。通常用いられるログランクテストや比例ハザードモデルで統計的有意差を出そうと思っても、まず出ない。因みにこれは2way ANOVAでもそう。なのに、15GyFLASHと15GyCONVで統計的有意差がありになっている。思いっきり曲線が重なっているのに。言うても、非照射に比べたら延命効果は有意に高そうなので、問題はなさそうではあるが。しかし、これをもとに、FLASH照射はCONVに比べてマウス生存率上昇も期待できる、とかいう仮説で次の実験をしようものならば大問題だ。その実験は失敗する。統計が正しくないということはこの危険があるということだ。
結論
今の自分なら、こんな面白くねぇ研究はやらん。あと、正直この論文のレビューアーは少し煙にまかれてしまったかな??とう感じを受ける。おそらく、レビューは真っ当だったんだろうなぁと感じる。放射線の「照射」に絡んでいるヤツは小手先の計算がナマジわかるヤツが多い。一方、基礎の生物学者は統計も怪しい。そこを突かれたのでは無いかと思う。マウスのN数はわりかし正しかったので、それもあって完全に煙に巻かれたのだと思う。
最後のマウスの生存率への効果が137Csガンマ線とFLASH照射で同等であるということは、もしかしたら吸収線量が同じくらいであることの間接的な証明かも知れない。しかし、こういったモダリティーの比較で、いくら使用した線量計の正当性を主張したところで、「実際の吸収線量」を出していない論文は微妙だと思う。137Csガンマ線、200KVpのX線、4.5MeVの電子線は、マウスの解剖レベルにおいては絶対線量も違うはず。それに使用している線量が大きいので、これらのモダリティー間に線量の誤差があったならば、それなりに大きな総線量の差になって現れてくるはずである。過去に 137Csガンマ線、200KVp、LINACも使ったことが有るが、やっぱり勉強すればするほど、実質的な吸収線量は許容範囲で同じなのかどうか、不安になったことがある。そういうことで、評価は5段階中Bの「しょうがないから、ちょっとは信じよう。」ということにする。