FLASH照射について(その4)

論文

Montay-Gruel P, Bouchet A, Jaccard M, et al. X-rays can trigger the FLASH effect: Ultra-high dose-rate synchrotron light source prevents normal brain injury after whole brain irradiation in mice. Radiother Oncol. 2018;129(3):582-588. doi:10.1016/j.radonc.2018.08.016

目的

これまで得られている電子線によるFLASH効果(Sparing Effect)をX線でも再現することを目的とする。

概要

10GyのFLASH-X線照射(ESRF, 102KeV, 全スライスにわたる線量率の平均値は37Gy/s、スライスあたりの線量は12000Gy/s)されたマウスの照射2ヶ月後のRecognition Ratio (=(time spent on the novel object – time spent on the old object)/(total exploration time) x 100)は、照射時とほとんど同等であったが、通常線量率のX線(0.05Gy/s、実効エネルギーの記載なし。おそらく、225 keV, 13 mA, with a 0.3 mm copper filte)照射時は両者に比べて顕著に低下した。これは照射6ヶ月後でも同様の結果だった。抗BrDU抗体を用いた免疫染色により海馬領域の細胞の増殖の指標(Cell proliferation cluster)を評価すると、両方の照射によりBrDUの取り込みは非照射状態に比べて有意に低下したが、FLACH-X線照射後の BrDUの取り込みは従来の線量率のX線照射よりは高かった。照射GFAPの免疫染色によりAstrogliosis(これは中枢神経細胞の損傷の指標になるらしい)を評価した結果、FLASH-X線照射時のAstrogliosisの発生は非照射時と比べて有意ではないが、従来の線量率のX線照射時は、 FLASH-X線照射時と非照射時に比べて多くのAstrogliosisが発生した。以上の結果より、FLASH-X線は通常の線量率のX線に比べて神経毒性を減少させることが示された。

問題点1;もちろん線量測定

FLASH照射時の線量は、通常のX線装置(109KeV)によるX線で校正された電離箱により測定され、その値をリファレンスとしてコンソールに入力して照射されている。データが示されていないので、これが正確なのかどうか定かではない。もう1点不明な点として、この線量測定のジオメトリと、マウス照射のジオメトリがかなり違う可能性がある。このマウス照射に関しては、”mean dose rate”と書かれている。おそらく、スキャニングビームを使用しており、かつ線量率が高いので、スライスあたりの実際の線量にかなりブレがあるのだろう。これはつまり、この実験を再現するのはすごく難しいことを意味している。シンクロトロン施設は、生物照射用ビームラインを備えているものの、それらはタンパク質の結晶解析やイメージングがメインなので、大きな被照射体の照射にはとことん向いていない。だからこそ、そのジオメトリや線量測定や校正の結果は論文中に示す必要があると思う。しかし、この論文はそういった線量測定に関わるデータが一切載っていない。まず線量測定の前にジオメトリについて書かき、その次にそのジオメトリで線量測定について記載し、実際にその線量測定の結果を載せれば何も問題ないと思うのだが。シンクロトロンX線やFLASH照射の両方ともトリッキーなので、このあたりが無いとかなり致命的である。本当かどうかわからない。実際上は正しいのかも知れない。しかし、それを信じるに足るデータがない。しがって、観測されたこれらの結果をエビデンスとしてなにかの実験を立案、実効するのはかなり危険である。結果の解析に用いた統計とか、その実験方法が対象とする現象を見るために適切かどうかとかを考える前に、この研究を100%信じるのは難しい(というか危険;エラーが多すぎそう)。

問題点2;使った指標

しかも、この研究(FLASHその3の研究でもそうだったが)Recognition RatioやGFAPで使用された解析方法もかなり怪しく、著者らの都合の良いように有意差を出されたように見える。まず、Recognition Ratioだが、こんなタダのビデオ解析なんかで、「超高線量照射は認知能力への影響が少ない!」とかなんとかのようなTranslationをされたくない。認知能力の研究をナメている気がする。他の指標もたくさん使って結論を得る必要がある。そうじゃなければ科学ではない。GFAPの解析なんて、本当に有意な差があるならこんなアーティフィシャルな解析ではなく、N=5でウェスタンでバッチリだせばいいだろう。蛍光強度で解析するなら、このご時世フローサイトメーターが一番良いだろう。画像解析の場合は、正しく評価するためにはそれなりに情報が必要なのになにも書いていない。蛍光画像で引き出せる定量的な数値は、形態、フォーカス数、共局在部位くらいである。露光時間やCCDカメラのゲインがすべて一定である保証は全く無いので、蛍光強度のヒストグラムを定量データというのは厳しい。統計解析にしたって、データポイントがたくさんある場合、有意差は絶対に出る。

問題点3;小出し論文; Salami Slicing

これはFLASH照射その3で書いた論文の続きとか補足に見える。もちろん、FLASHその3の研究ではLINACを使って自前の施設で行われており、一方これはESRFで行われていることから、別の実験とも考えることもできるが、実験方法、目的、そしてその結果までもがほぼ同じであり、さらに、2つの論文を一緒にしても結論は変わらないように思う。よって本来ならば一つの論文にすべきだろう。このような研究はSalami Slicingと呼ばれており、ESRFでの実験のように大掛かりな施設だとかのような理由があるかもしれないが、研究倫理上は良くない行為とされている。

結論

何度も言うが、現状では正確な線量測定とg-H2AXのフォーカス形成を評価した結果を載せてくれないと、その照射がフェアーに比較できるのかどうか判断できない。なぜレフェリーはそれらの実験をさせないのだろうか。こんなレベルの解析でアクセプトしないでほしい。どう考えても結論を得るには実験や解析が不十分である。

評価はC。表面上はBでも良さそうだが、読んでみると解析方法、その統計やその詳細など、実際のデータや説明が少なすぎると思う。それに、その3で書いた論文と照射機器が違うだけで、実験データが全く一緒であり、こんなカスみたいは論文を小出しにされるのはCitationする側への迷惑行為である。それも鑑みて評価をCにする。しかしながら、個人的にはFの「ゴミ」。こんな論文を書いて楽しいのだろうか。実際、医師やComedical(コメディカル)のエセ研究者(放射線技師・医学物理士・臨床検査技師・よく知らんが他のコメディカルも)は世界中にたくさん居るのだろう。こんなヤツにはなりたくないし、そんなラボに所属もしたくない。