FLASH照射について(その3)

論文

Montay-Gruel P, Petersson K, Jaccard M, et al. Irradiation in a flash: Unique sparing of memory in mice after whole brain irradiation with dose rates above 100Gy/s. Radiother Oncol. 2017;124(3):365-369. doi:10.1016/j.radonc.2017.05.003

目的

FLASH照射による生物学的効果を評価するためには、正確な線量測定が必要である。しかし、このような高線量率の照射での線量測定に、通常の放射線治療で利用される線量測定のプロトコールは使えない。そこでこの研究では、C57BL/6マウスの脳内に熱ルミネッセンス線量計(TLD;ThermoLuminescence Dosimeter)を挿入し、それにより正確に線量測定を行い、FLASH照射のNeuroprotective effectを評価することを目的とする。

概要

脳内に設置したTLDにより吸収線量を測定した結果、10Gy/1.8μ秒の電子線パルス(4.5MeVか6MeV)と、0.1Gy/s(=6Gy/min)とで、吸収線量に大きな差はなかった。次に、マウスの認知能力を新しい物体を認識するまでの速さで測定した結果、60Gy/s(=3600Gy/min)以下の線量率でその認知能力は統計的に有意に低下した。しかし、それ以上の線量率では非照射群と同等であった。海馬の BrDUの取り込み(de novo neurogenesisの指標)を解析した結果、非照射群と比べて10Gy/1pulse(10Gy/1.8μs)と0.1Gy/s(6Gy/min)では有意に低下するが、10Gy/1pulse(10Gy/1.8μs)と0.1Gy/s(6Gy/min)を比較した場合、0.1Gy/s(6Gy/min)照射群でBRdUの取り込みが有意に低かった。

問題点

とても残念ながら、この論文自体に特に問題点は見当たらない。しかも、BrDUの結果についても、この結果は認知能力における保護効果を部分的に説明すると言っているので、その通りだと思う。

しかしながら、気になることもある。この研究グループはFLASH照射その2(Favaudon V, Caplier L, Monceau V, et al. Ultrahigh dose-rate FLASH irradiation increases the differential response between normal and tumor tissue in mice [published correction appears in Sci Transl Med. 2019 Dec 18;11(523):]. Sci Transl Med. 2014;6(245):245ra93. doi:10.1126/scitranslmed.3008973)で酷評した論文と同じグループの研究結果である。その論文に比べて、この論文では明らかに線量測定の改善を図っている。それは、まずFLASHと一般的な線量率の電子線照射で同様のジオメトリで線量測定を行っており、グジャグジャと線質を変えることなく、線量測定に使った線量と認知能力の解析に使った線量を同じにしており、かつ生物影響を考える上で最も重要な線量である吸収線量を測定している。これは、FLASH照射その2 で自分が酷評した点である。やっぱり問題だったらしい。筆者もわかっていたのだろう。だとしたら、グダグダとゴタクを述べるのではなく、最初からそうしてほしい。むしろ、FLASH照射その2で述べた論文の問題点を浮き彫りにしてしまうようなことになっている。あの論文はやっぱり少し不味いところがあったらしい。

他問題として、de novo neurogenesisの測定のために行われたBrDUアッセイが、照射後いつ行われたのか、Materials and Methodsにかかれていないことである。本文を読んでみると、おそらく2ヶ月後に行われているようだが、ちゃんと書いてほしい。

そして書いていて気がついたことがある。BrDUの取り込みは損傷したDNAが修復される際、DNAのアナログとしてその損傷部位に取り込まれる。よって、BrDUをDNA複製を伴うDNA修復部位(つまりHR;Homologous Recombination;修復部位;相同末端修復部位)として可視化することができる。そこで気がついたのは、どのくらいのDNA損傷をいうけているのか生体において確かめる方法として、g-H2AX局在の可視化とそのフォーカスのカウントがあるじゃあないか、ということである。ある意味ではどんな線量測定よりも、実際の細胞内に起こるイベントを見ている以上、信ぴょう性があるではないか。もしそのFLASH照射後の g-H2AX フォーカス数と吸収線量の測定結果に矛盾があるならば、やっぱり線量測定に問題があるのかも知れないし、よく言われているように正常組織では急激な酸素(イオン)の枯渇によりDNA損傷が結果として少なくなるが、腫瘍組織ではそんなことはない、とういうエビデンスの一つになるのではないだろうか。もちろん、それを裏付ける放射化学的な解析が必要であるが。なぜ、そんな簡単なことやらないのだろう。何か都合が悪いことでもあるのだろうか。きっと都合が悪いことがあるんだろうね。

結論

評価は5段階中A「認めたくないが、信じよう。」といったところだ。