PIの能力と研究室の発展について

日付;2022/03/25(金)

この日は実質的にアメリカでの研究室での最後の仕事の日である。この次の週の3月28日(月)にIDカード、研究室の鍵、白衣、データの入ったハードディスクを研究室に置いて、自分の机をきれいにする必要があるが、28日は昼前には実際の実験がない。

そして、その実質アメリカの研究室での最後の日のミーティングに、ちょっと気になったことがある。それは、PI(Principal Investigator;研究室主催者;ボス)はどのように自分の研究や研究室をマネージメントしていけば、その研究室は発展していくか、ということである。これは准教授から教授になるためにはどうするか、とかではなく、純粋に自分の研究を発展させるためにはどうするか、ということに対する自分の考えである。

その研究はいつ頃に成果になるのだろうか

まず、その日のミーティングで、ラボのRA(Research Associate;研究助手)がその週までに得られた結果を発表していたのだが、その結果が、良いのか良くないのか、いまいちわからない結果だった。

  • 本当にON-TARGETの効果を見ているか
  • それまで着目してきた影響はOFF-TARGET効果ではなかったか
  • そもそも分子標的薬の効果に関してON-TARGETとかOFF-TARGETとかそういう議論をすること自体正しいのか(自分にはそれを正確に区別する方法が思いつかない。標的タンパク質の機能が推測通りに抑制されていれば、それで良いのではないだろうか。)
  • そんな状態でRNA-seqや質量分析をして新しいメカニズムだとか、新しい標的だとかを考えても大丈夫なのか、
  • モデル選びが重要だとはいえ、それは新規薬剤がその標的の機能を抑制していることが主な興味である以上、一般的なモデルを数個使ってそれらが証明されていればそれで良いのではないか、

とか、本当に色々なことを思ってしまった。まだまだ、自分は勉強が足りないように思う。

ただし、この二人はここ一年以上はずっと二人で、同じような解析をずっとやって来ている。それなのに、まだ似たようなことをやっており、挙げ句に薬剤のバッチが良くないから全く標的タンパク質が分解されないだとか、なんとかという会社で作ってもらったKO(Knock-out)細胞株の対照となるWT(Wild Type)細胞株はおかしいので実験が上手くいかないんだ、だとか、そういうことを言っている。

このPIは、そのRAに指示を出して実験をしてもらっている。残念ながら、最近はすこしずつ自分の意見も言うようになってきているが、そのRAが自分の考えに基づいて実験することはないし、そのPIもそれはほとんど認めていない。つまり、実験のすべてがPIの意向に基づいて行われており、PIが自分で実験していることにほぼ等しい。言うてみれば、その時点での結果はそのPIが得た結果と考えることができると思う。

大丈夫か???そのままこの研究を続けて、いつ頃に安定した結果が得られて、いつ頃に論文になるのだろうか。

PIの能力にも限界があるが、研究は発展させなければならない。

研究助成金の申請もしないといけないし、部下の研究についても指導やチェックをしなければならない。学会に行ったり、論文を読んだりして勉強しないといけない。それなのに、時間がない。勉強していないので、最新の技術、最新の化合物にもついていけなくなってきており、結果の解釈や研究のストラテジーも新しくなく、効率が悪い。その結果、インパクトの高い研究に仕上がらない。業績がないから、教授に応募できない。

アメリカでの所属研究室のPIを見ていると、どうしてもこういった感じにみえてしまっている。より一般的に言えば、まるでポスドク時代のように全部を自分の力だけで研究をしてしまったら、絶対にこういうことになる、ということなんだろうと思う。

まだ日本での新職場に顔さえも出していない状態であり、どの程度下っ端研究員として働くのか良くわからないが、もし自分が少しでも研究を主導することになるのなら、この問題といずれ向き合うことになることを意味していると思う。

では、限られた脳みそを使って、限られた時間の中で、勉強し、良い業績を出し、研究(室)を発展させるためには、どうしたら良いのだろうか

優秀な部下や学生にテーマを振って研究させ、自分は彼らの上を行くように能力を磨くしかない

自分ひとりで頑張るのも良いが、研究テーマがキワまってくると、明らかにマネージメントの部分が増えだす。そこで自分の成長、少なくとも新しいことを勉強することを止めてしまったら、その時点で全体の成長まで止まってしまうように思う。アメリカでの所属先でのミーティングで、他人の発表を見ていて最後に感じたことはそれだった。

自分がマネージメントの面でも、研究テーマの面でも、技術的な面でも、新しい知識を持ってくるポスドクの知識を凌駕できなければ、その研究室の発展は止まってしまうように思う。だから、ものすごい業績のあるビッグラボは、教授とポスドクや学生の間に、いくつかのクラスターのようなものがあり、そのビッグラボの教授は、その各々のクラスターを上手くコントロールして独自に成長させ、その各々のクラスターをまとめるだけの、そのクラスターには獲得できないような成果を、そのクラスターの業績を使って上げているのだろうと思う。言い方を変えれば、統制のとれた放任主義、とも言えると思う。さらに、その研究室のトップの教授は、各々のクラスターをその研究室内で成長できるようなインセンティブを与えないといけないが、それがきっと、マネージメントやガバナンスに関わるビッグラボの教授の仕事の一つなんだろうと思う。

そう考えると、ビッグラボの教授ってのはスゲェなぁと思ってしまった。