アメリカでのポスドク時にやってきたPI(ボス)を納得させる方法

日付;2022/03/12(土)

研究を進めるためにはボスを納得させる必要がある

アメリカで所属した研究室のPI(Principal Investigator;自分のボス)はかなりのマイクロマネージメントで、M.D., Ph. D.で、研究について話したことを忘れがちで、サイエンスのセンスが少し欠けたような研究者だったと思う。そしてこの研究室に所属したポスドクの在籍期間は、平均的に非常に短かいという、はっきりと言えばブラックラボだったと思う。そんな研究室で自分の研究を守るために行ってきたボスへの対処方法を記録しておく。

ここに記載されている方法を実践するには注意が必要である。クビになるかもしれないし、そもそも、自分のケースとマッチする人も他にいるかどうかわからない。なので、この方法が他の研究室で利用できるかどうかもよくわからない。

最近ではこのボスとの接し方にも本当に慣れてしまっていて、特に悩むこともなくなっている。しかし、こうやって書いて振り返ってみると、基礎研究として本当に無駄なことをやっていたんだなぁと気付かされる。慣れてきて特に問題がないとは言え、すごく損した気分になる。

PI(ボス)の性質

以下に愚痴ってあるが、まずは改めてその性質を述べようと思う。

PI(ボス)について思うこと(その1)
PI(ボス)について思うこと(その2)

マイクロマネージメント

通常は1日2回以上(朝と夕方)は進捗状況を話さなくてはいけなかった。正直、学生だったときを含めて自分のキャリアの中でこれだけ進捗状況を問われたことはなかったので、慣れるのにかなり時間がかかってしまった。本当はボスと話す時間がたくさんあることはとても良いことである。逆に、ほとんどボスと話す機会がない研究室は、いつクビになってもおかしくないので問題である。

結論を急ぎすぎる

初めて行う実験は、実験条件の最適化(場合に依っては抗体の濃度、細胞数、インキュベーション時間などまで)が必要である。しかし、そのPIはそういった予備実験(最適化)の類が嫌いなようで、その実験に費やす時間を惜しむ。その結果、多くの実験はあまり上手く行かない。その時に起こるのが、上述した「他人の都合は全く関係ない。金を払ってるのだから、何としてでも望む結果を出せ。」とも解釈できる態度である。この研究室に所属した当初は、これがとても多かった。2年目くらいには最適化を正当化する実験計画を立ててミーティングに臨んでいたが、これも否定されしまい、「まずは一番一般的な条件でやってみる」ということになり、結局実験はあまりうまくいかず、「That weird.」とかめちゃくちゃ不機嫌そうに言い出す。いや、当然だろうが。とにかく、結論を急ぐ。これは自然科学の研究では良くないことである。予備実験をほとんど行っていない動物実験なんか、時間も労力も細胞実験の非ではないので最悪である。

ディスカッションしたことは忘れることが多い

自分のコミュニケーション能力が上がったのか、何らかの理由により敬遠されているためか、2022年3月末で退職するためなのかわからないが、これは最近無くなってきた。しかし、つい去年くらいまではこの性質が厄介でしょうがなかった。データを見ながら自分のパソコンの前であんなにディスカッションをしたのに、次に話すときは忘れてしまい、その計画を無いものにされる。その週のミーティングで話すと、なぜそうなったのかを聞かれて、それを拒否される。

臨床で行われていないことは基礎実験ではやらない。

以前、別にどこかで書いたように思うが、自然科学研究の目的は「メカニズムを解明し、それを利用することで現時点の技術等を更に発展させること」だと思う。しかし、「臨床で行われていないことや一般的では無いことは基礎研究では着目しない」をやられると、基礎研究としての意味がほとんど無くなるように思う。これをやってしまった場合の研究成果は、既に臨床的に一般的なことであるので、少なくともインパクトは落ちまくるだろう。

これが形を変えると、同じ標的の別の化学型の薬剤を使って、似たような実験や研究をやりだすということになる。ミーティングで他人の話を聴いていても、一体何が面白いのか理解できない場合も多い。だって、薬変わっただけでやってること同じだからだ。

これは、M.D., Ph. D.保有者、特に「自分は臨床に関わり続けたい!基礎で差別かしたい!!」と思っている者にありがちなことではないかと個人的に思っている。日米問わず、この手の人間は沢山居ると思う。

対策と手順

以下はそんなボスを納得させながら研究を行っていくために自分が行ってきたことである。度胸が要るが、自分がそれで良ければとても快適だった。

話すならばデータを整えて曖昧なところが無いようにする

毎朝と毎夕方に聞かれるのが解っているので、言いたいことやデータをその為に揃えておく。そのデータを使って、曖昧なところのない計画を立てることである。本当に、逃げる隙間を全部埋めてしまう言うてもアタマは良い人だし、尚かつここはアメリカでありロジックありきの国である。こっちの言い分が正しければ、反論が出ずにすんなりと実験に入れる。もしデータが無かったり、どう考えても夕方まで出ない(多くの場合)ときは、今後どのようにしたいのか考えておく。もしその研究室で初めて行う実験ならば、論文などを引き合いに出すのも良い。しかし、何故かうちのボスは論文を信じない人だったので、あまり論文を引き合いに出したことがない。信頼されていないせいなのか、見せる論文の内容を汲んでくれたことがあまりなかった。

これを考えるためには、「何を獲得したいのか」、「今後どんな実験をすべきか」、「今後どんなデータを出すべきか」など、「今後必要になることなこと」をしっかり理解しておく必要がある。例えば、既にディスカッションで薬剤Aを投与後のタンパク質Bのリン酸化の時間的変化を求め、そのリン酸化におけるEC50を求めることを目的としているとする。こういった人との会話では、この目的を達成できるような実験ができるように話を持っていかなくてはならない。そのためにデータ解析が必要ならば、しっかりとデータを解析した上でその目的を達成できるような、つまり、望むものを獲得できるような会話の流れを想定し、準備しておく。これに慣れていないならば、紙やノートに箇条書きにしたほうが良い。

ここで、とても重要な事がある。こういう場合の会話は「How is going??」という会話から始まることが多い。それはつまり、その次に来る自分の会話は、自分の思う通りに言える可能性が高い。この機会を逃しては行けないと思う。

ボスの出方を予想して禁止フレーズを避ける

だんだん慣れてくると、言ったら駄目なフレーズや会話の流れもなんとなくわかってくる。そのような地雷のような禁止フレーズは絶対に言わないようにする。その理由は、そのフレーズや会話をすると、どんな場合であったとしても実験中止の可能性が限りなく高くなるためだ。そんなもの、ちょっとした統計的なバラツキの可能性だってあるのに、いちいち中止されたらやってられない。

自分が所属した研究室のボスは「XXとするべきだったけど、YYをやってしまったから失敗した。」とかはかなり危険だった。例えば、それが初歩的なところでのミス(というか、条件が最適ではなかっただけででミスではないのだが。)だったとしたら、自分はその手技について「一般常識を知らない」と見なされ、その手技(例えばウエスタンブロットなど)について説明させられる。このとき、少しでもボスが採っている方法と異なっていれば、全て駄目。ウェスタンブロットを知らないと見なされて、実験中止になる。本当に無駄である。そんなわけない。ウェスタンブロットなんて、ゲルやバッファー組成、泳動するタンパク質の量(濃度)、使う抗体、ブロッキング剤に依って手技を調整する必要がある。それなのに、正直に発表しただけでいちいちこういうことが起こっていては時間がいくらあっても足りない。精神的にも疲弊してしまう。

「XXとするべきだったけど、YYをやってしまったから失敗した。」というパターンの場合、上手く行かなかった場合の原因がなんとなく解っており、かつ、おそらく再現性も得やすい実験の可能性が高い。そういう場合は、こちらに何の否がなかったとしても、多少下手に出ながら、「実はこういうことがあるので、このような条件でやってみたんだが、あまり上手く行きませんでした。時間を無駄にしてしまって申し訳ない。もう一度やってみて、今週中にデータを出します。」と、ボスの地雷スイッチをこちらから解除しながら話を進めるのが良かった。その手法を採用した理由を述べるところが重要である。

データ解析にも注意が必要だった。データ解析にどうしても時間が足りない場合は、しょうがないのでその旨を言うしかない。しもし「解析が大変なので、もう少し時間をください。」なんて言おうものなら、「時間がかかるならばその解析は止めなくてはならない。その解析にかける時間はない。」ということになった。本当におかしい話である。十分な時間をかけて正しい解析をしなければ、次の実験計画も仮説も次の実験結果推測もできないと思う。こういうところからサイエンスのセンスの無さが伺える。この場合は、時間がかかる原因が自分ではなく、データの量やパソコンの性能に転嫁すると、解析のために十分な時間を得ることができた。これは、そのボス(というか医学系生物学者ほぼ全員)はパソコンの解析に疎いためである。アメリカらしいと言われればその通りだし、とても微妙である。

とにかく、物は言いようであり、ボスの地雷になるフレーズを避けて同じ結論に至れるような話の流れにすれば良かった。

キレて相手を圧倒する

これも時には必要である。自分はこれを2つの場面で使っていた。

実験の目的が明らかに変わろうとしているとき

散々ディスカッションした挙げ句、多少結果が理想的ではないからと言ってなぜ実験の目的を変えてしまうのか。意味がわからん。少し口調を強めても良い。逆にちゃんと主張しなければ、その無茶苦茶なことに対して了承してしまうので、それがおかしいならば同意してはいけない。

有意ではない実験をボスの都合で延々とやらされているとき

これは本当に無駄である。当時はある新規分子標的薬をPROTACにしてそのスクリーニングをやっていた。しかし、一向にその標的タンパク質が分解しない。分解しないどころか、対照群に比べて標的タンパク質の発現量が増えている。さらに、その結果のバラツキが大きい。そしてこのバラツキの原因を自分の手技的な問題として片付けられて、半年間も同じ実験をやらせられた。というか、はっきりいって対照群のレーン間のバラツキは全くなかったがな。

何が腹立つといえば、RA(Research Associate)の結果が、対照群にバラツキがあるにも関わらず、別の標的のPROTACが目的のタンパク質を分解しているということでOKだったことである。

そもそも、自分がテストしていたPROTACだって、一体どんな理屈で合成されたのだろうか。おそらくただテキトウにこれまで着目してきた分子標的薬にリンカーとE3リガーゼをくっつけただけだろう。自分はその実験にかかるミーティングにも、何も参加させてもらっていない。そういうテキトウな実験はおそらく一生うまくいかないだろう。そんな実験になぜ自分が協力しなくてはならないのか。

流石にバカバカしくなって、はっきりと「この薬剤は機能しないです。これ以上の実験は無駄です。自分はもうやりません。無駄ですから。」と明言した記憶がある。それにこのときは、実験を続けている意味がどうしても研究ではなく、他のラボへのギフトというか、いい面をしたかっただけにしか見えなかった。なぜそんな行為に自分の労力を提供しなくてはならないのか。ポスドクはそういったポジションではないので、その必要はない。というか、むしろそんなことに使われて研究の時間が減るのならそんな職場は辞めても良いと思う。どうせロクな論文はでない。

無駄なことには耳を貸さない

しっかりとデータを出して、ミーティングで必要なディスカッションが出来ている場合は、これもやって良いと思う。逆に、良いデータを出せていなかったり、そもそもコミュニケーションが上手いこと出来ていない場合はやらないほうが良いかもしれない。更に信頼を失ってしまう。

自分が所属した研究室のPIはディスカッションの内容を忘れて、別のことを言い出すことが多かった。それに、一度座って話すと1時間くらいは損する。ということは、話すのは時間の無駄ということを意味している。必要なことはミーティングで全部言っている。何度も何度も同じディスカッションをして、結論やその後の計画をコロコロと変えるのは迷惑でしかない。そういうことで、ミーティングで結果から、日時を含めた具体的な計画をしっかり示すようにしている。そして、ここ1年半くらいは、ミーティング以外の無駄な会話に耳を貸していない。非常に快適である。

際どい質問をすることで自分への被害を避ける

自分が所属した研究室のボスは、一般的に臨床で言われていないことを基礎研究で着目するのが嫌いな人だった。おそらく、そのデータは臨床では見向きもされないためだろう。ただし、これをやってしまうと研究がどうしてもくだらない物になる。それがポスドク時のテーマだったら要注意だと思う。しかし、それが自分の研究テーマだったとしたら、それに集中して良い結果を出さなくてはならない。なんとも難しいところだと思う。

まず、アメリカの研究スタイルでは、自分のテーマについて批判するのは全く良くないこととされている。自分の研究は全力で擁護(Defend;博士論文を取るときの口頭発表も、Defend doctor thesisとう言い方をする。)する必要がある。逆をやってしまうと、その研究に興味がないと見なされ、それが自分の研究テーマだったら呼び出しを受ける。しかし、これは逆に利用できると思う。すなわち、思いっきりキツい質問、その研究の存続に関わる質問を本気で投げつけることで、自分はその研究に賛同していないことを暗に示すことができる。まだ自分のテーマではないので、思う存分キツい質問をすれば良い。ただし、賛同できなことを暗に示すことになるので、使い方には注意である。日常的に散々振り回されているので、そのくらいの仕返しは必要である。

以前在籍していた優秀ポスドクが、そのボスがPROTACの研究を始める前にこれをやっていたと思う。PROTACってのは、そもそもその標的に結合できる薬剤に化学修飾を加えるものも多いと思う。そして、その標的がキナーゼの阻害剤であり、よくその標的の機能を抑制するのであれば、特におかしな修飾を加えて複雑な薬剤にしなくても良いとも言える。PROTACってのは、キナーゼ以外の標的、例えばc-mycのようなATPポケットがないような(よく知らんが)タンパク質を標的にできるところに利点があると論文にも書いてあったりする。その優秀ポスドクの質問はまさにそれで、「なぜ既に良い阻害剤があるのに、そのPROTACが必要なのか」であった。完全に的を得ている。彼は優秀だった。そしてそのボスは、なんかぐじゃぐじゃとそのテーマを擁護していた。現時点(2022年3月中旬)時点で、はっきり言ってその研究が迷走しているように見える。当然である。だって、抑制のメカニズムが変わっても、標的が同じ以上似たような効果である。実際、そのPROTACの形にした薬剤と、オリジナルのキナーゼ阻害剤を細胞に投与して、RNA-seqで遺伝子発現プロファイルの違いを見ても、有意差がほとんどなかったらしい。そんななか、重箱の隅をつついて、オートファジーが違いそうだ、とかやってLC3の発現をめちゃくちゃ汚いバンドで評価している。

この手の質問をすると、その研究から一歩身を引くことができるようになる。なので、ミーティングで「この研究は何かおかしい。」や「なんでそういう理屈になるんだ。」などを強く感じるときや、上述のしたような「臨床で着目されているモダリティーを自分の研究でもなんとしても使いたい。」のような失敗の色が強い研究に対する牽制として使用できるようになる。

まとめ

日本の研究スタイルと違い、アメリカの研究では、データに基づいた計画や自分の研究の支持がより強く求められると思う。しかし、ボスの個性も日本よりも強く現れるようにも思う。そういったボスと上手く付き合い、かつ、自分の研究も成功させるためには、上述のような経験上のスキルも必要になると思う。ここで書いたことは他の研究室やその他のPIやボスに広く使えるかどうかわからないが、マイクロマネージメントで、もの忘れが酷すぎるが、基本は頭のいい賢いボスに対して使えるように思う。