日付;2022/12/29(木)
12月の半ばに10xGenomicsのユーザーグループミーティングという、ちょっとしたセミナーに参加してきた。そこでは10xGenomicsのsingle cell RNA seqeuence(scRNA-seq)のライブラリ調整キットを使った研究の紹介を通して、どんな分野に応用しているのか、ということが発表されていた。
発表された研究内容としては正直普通であって、興味をそそる研究は特になかった。そこですこし気になったのは、その研究で着目しているメカニズムと、scRNA-seqの結果があまり結びついていない研究があることだ。これは、昨今のscRNA-seqだけでなく、その世代ごとにcDNAマイクロアレイやbulk RNA-seqなどを用いた研究でも、自分の知る限りだけでもよくみられていたことだ。要は、scRNA-seqの膨大なデータで、直接メカニズムに結びついていなさそうなのに、さもメカニズムを説明するような示しかたをしている、という研究になってしまうことがすごく多いってことである。これは、この手の網羅的な発現解析を用いた研究では注意しなくてはならないことだと思う。そのセミナーでも、多くの発表でそのような研究が行われていた、ように見えた。
一方、そのセミナーのなかで、10xGenomicsのディレクター兼マネージャーから発表にあったPFA(パラホルムアルデヒド)で固定したサンプルのsingle cell RNA sequenceの紹介が、本当に、数年後を予見させるようなポテンシャルを感じさせてくれるものだった。
現時点(2022年)では3′ GEMキットがscRNA-seqで最も利用されているライブラリ作成キットだと思う。これは、10xChromium Controllerにより細胞が一個入った(と想定される)エマルジョン(SmartSeqなんかと対比させる場合には、ドロップレット;Dropletとかと言ったりする。)を作製し、各エマルジョン内で個々の細胞を区別するためのインデックスシークエンス(UMI)を付け、そしてRNAの3’側でcDNAを合成する、というヤツである。このドロップレット方式のシークエンスは、死細胞由来のRNAをできる限り減らす必要があり、サンプル調整に凄く気を遣う。このために組織のシングルセル化を上手に行う必要がある。これはフローサイトメーターでも同じようなことだったりするので、慣れている人も多いとは思うが、実際に実験してみるとけっこうシンドいし、エマルジョンからライブラリ作製までも色々とコツというか、知っていなければならないことが多いように思う。なので、強いて言えば、これらが手技上の欠点と言えるかもしれない。言うても、実験はかなり大変だけど、予想以上に沢山の細胞のシークエンスを得ることができ、それに、データからも色々と知ることができるので、まぁ個人的に良い解析方法だと思う。
固定したサンプルのscRNA-seqと生の細胞のscRNA-seqの大きな違いは2つある。一つ目は、文字通り固定をすることである。つまり、目的の数のサンプル数を得るまで対象とするサンプルを保存しておくことができる。そしてFeature Barcoding Technology(BiolegendのTotalSeq Antibody)などと組み合わせることで、シークエンスのときレーンごとのサンプル数を稼ぐことが可能であり、従ってサンプルあたりのコストを大きく抑えることができる。現時点で信頼できそうなscRNA-seqの解析を行うためには、組織やサンプルのクオリティーに依るが、サンプル当たり4億リード(10000細胞×20000リード;ペアエンドでその倍)は必要であり、NovaSeq 6000で4サンプルで80から100万円くらいになってしまう。TotalSeq Antibodyでそのコストが半分、さらには1/4になれば、それは大きい違いだと思う。
もう一つの違いは、固定サンプルのscRNA-seqは、プローブを用いることである。ちなみに、今が主流の生細胞のscRNA-seqは、ランダムに拾ってきたRNAからライブラリを合成する。ということで、その現在主流の生細胞を用いた方法とどのくらい互換するのかが気になるところだが、なんとプローブを使うことで検出感度が大きく向上し、かつ検出する遺伝子数が倍以上になるようだ。もちろん、これは10xGenomicsがデザインするプローブに依存するわけだが、これはバージョンを重ねるごとに増えていくのかもしれない。また、プローブで拾ってくることができない、新規遺伝子みたいなものは、固定サンプルでは検出できないのかもしれない(そのような遺伝子は、そもそもscRNA-seqでは検出するのは難しいかもしれないが…)。でも、固定サンプルのscRNA-seqは、個人的には、これはとても良い方法だと思う。その理由は、scRNA-seqの目的は、何かしらの細胞群を見つけ、その細胞群についてのDEGを行うというところであるためだ。ただし、残念ながら上位機種の10xChromium Controllerでエマルジョンを作製する必要があるので、数年前からscRNA-seqを行ってきた研究室や施設は機器を更新する必要がある。
個人的に固定サンプルのscRNA-seqは性に合っていると思ったが、10xGenomicsはどうしてもVisiumのようなSpatial Transcriptomicsを売り出したいようだ。こちらの意思を無視して、すごく推してきた。正直に言わせてもらうが、必要性を決めるのはユーザー側のこちらである。10xGenomicsがユーザーの目的を正に勝手に決めてんじゃねぇって感じだった。Spatial Transcriptomicsも悪くはないとは思うが、個人手にどうしても用途が制限されるように思う。まず、対象とするサンプルがある程度規則正しい組織か、病変による変化が構造にはっきりと現れるようなサンプルが適しているのは間違いないと思う。言ってみれば、非常にヘテロながん組織のようなサンプルは、非常に解析が難しいような気がする。実際、シンガポールのグループがVisiumで免疫チェックポイント阻害剤を投与した腫瘍組織の解析をしていたが「で??」という結果だった。こういった組織構造的にも症例的にもヘテロなサンプルはもちろん解析は可能であるが、例えば臨床検体のように、まともな結果を導くためにはサンプル数が数十例必要になるかもしれない。そうでなければ、まずはscRNA-seqやBulk RNA-seqである程度候補の細胞や分子を絞れている必要があるのではないかと思う。しかし、そういう場合は別にSpatial Transcriptomicsを利用する必要もなくなりそうである。用途が制限されるというのはそういうことである。ウチのボスは、「いうてもやってみたい実験はあるし、組織の部位ごとに発現している遺伝子は違うはず。」なんて大人なことを言っていた。これに対して自分は「でも、それが論文や研究成果にならなければ、全部ゴミだろうが。」と強く思った。
Xeniumなんかも推してきた。これはプローブを超絶いっぱい使ったin situハイブリダイゼーションなので、Spatial Transcriptomicsとは少し違うだろうと思う。10xGenomicsが言うには「組織を特定するための遺伝子はそんなに多くない。既に各組織を検出できるだけのプローブセットを設定しているし、今後はこれも増えていく。」みたいなことを言っていた。でも、そういう目的でハイブリってやるのだろうか…なんか違う気がするが、と思うときもあった。
そんなんで、今後は固定サンプルのscRNA-seqがどんどん普及してくるのではないかと思っている。少なくとも、現在生細胞のscRNA-seqを、細胞のタイピングだとか、同定した細胞での発現遺伝子の違いを見ている者は、サンプルの保存性、サンプルあたりのコスト、遺伝子の検出感度を鑑みても、こちらのほうが魅力があるのではないかと思う。そらく5年後には今よりも一回のシークエンスのサンプル数が倍増しているだろうと思う。現在でいうところの、Bulk RNA sequenceくらい、ゴールデンスタンダードがあって、普通の実験になるだろうと思う。そのときに備えて、これからしっかりと勉強しておく必要があるだろうと思う。