医者以外のポスドクの研究テーマ選び

日付;2022/02/11(金)

以下は個人的な考えなので、万人に当てはまるような話ではないことに注意する必要があるが、医者以外の基礎研究者(つまり、医者や応用分野の研究者には当てはまらないと思う)として注意の必要な研究分野について記録しておく。これらは実際にそういった研究を行ってみて、注意したほうが良い、楽と感じたことである。

注意が必要な研究テーマ

何を研究しても良い業績が得られればそれで良いと思うが、臨床研究・トランスレーショナル研究・レギュラトリーサイエンスには注意が必要と考えている。

臨床研究

臨床研究では、自分で考えてプロトコールを作成したり、なにか新しい実験系を樹立したりするとは基本的に難しい。そういう場合はIRB(internal Review Board)やSRB(Scientific Review Board)の承認を得る必要があるし、それはすべて医師の能力(量・質・スピード)に依存してしまい、かつ、その審査が通るまでの期間が長い。つまり、それで任期があったらかなり時間の無駄になる。

臨床検体を取り扱ったという経験はある一定の価値があると思う。IRB、SRB、患者への説明書類や同意書(IC; Informed consent等)を作成した経験は何かの役にかもしれない。しかし、臨床研究で用いる研究手技は予想以上に一般的、しかも、もはや確立されてしまった方法なので、「実際に臨床研究をやってきました!」というプレゼンをしてみても自然科学としての目新しさがほとんどない事がある。何かの機会に研究発表をしていて、最悪な場合「そう。で?何が新しいの?」とか聞かれて、「いや、臨床でやったんだから、有意義なんじゃあないのか….?」という雰囲気になったり、実際に聞かれたりする。医師ではない基礎研究者にとって、臨床研究を行ってきたということは、履歴書上の価値しか感じられない。医者以外の基礎研究者に求められるのは、実際の研究能力だと考える。臨床研究ばかりだと、それがほどんど身につかないように思う。

また、研究や解析について医師に学ぶことは本当に少ないため、そういう研究室に所属しただけでは自分の研究のスキルが鍛えられることはほとんどないように思う。特に、MD. Ph.D.が要注意(個人的にそう思っている)で、この肩書を持つ多くの者が偽物の研究者である。例えば、統計学を知らない。コンピュータ解析を知らない。一般的に言われていることと違うからと言って結果を解釈しない。一般的に言われていることと同じようなデータを出そうとする、など一歩間違えばリサーチミスコンダクトや、悪くすれば研究不正になることを行う。医師の価値は医療行為にあると考えている。

盛んに臨床研究を行っており、かつ、in vitroやin vivoなどでメカニズムの研究もちゃんとやっている研究室なら良いと思う。むしろ、そういう研究室なら自分の業績やキャリアにとって本当に有意義だと思う。

トランスレーショナル研究

正直、科学として一番面白くない分野である(これは個人的な考えある。万人には当てはまるものではない)と考えている。トランスレーショナル研究とは、基礎と臨床の橋渡し研究とか、おかしな日本語で呼ばれることがある。基礎研究を発展させて、薬物動態や安全性などをより上位の動物実験で「検証」していく研究である。基礎研究で得られた研究結果が、どのくらい臨床を反映しているのかを臨床検体などを使って示したり、対象となり得る疾患を見つけたり、その対象となり得る疾患でどのくらい利用価値があるのか示す研究であり、基礎研究の次のステップである。一方、逆に言えば、最もサイエンスに近いであろう基礎研究の部分は既に終了している可能性が限りなく高く、最悪の場合は研究者のアタマを借りなくても、技術員(テクニシャン)だけで事足りる場合が多い。たとえば、プロトコールに従うしかない等がそうである。上記のように、これは研究していて面白くないそれで良いヒトなら良いと思う。これは、「検証」に非常に近いと考えている。もちろん、サイエンスの部分が残っていれば良いのだろうが、それでもその結果は以前の研究に従う必要があるので、基礎研究者の出番は圧倒的に少なくなると思う。これを続けていると、研究者にとって一番必要な、いわゆる問題解決能のようなものを成長させにくいように思う。

さらに、非常に厄介なリスクも含まれている。例えば、あるキナーゼ阻害剤のトランスレーショナル研究をやっていたとする。その薬剤の標的タンパク質の酵素活性がどうやっても低下しない、標的組織にほとんど浸透しない、実際に動物実験を行ってみたら予想以上にオフターゲット効果が大きい場合等である。この場合、またin vitroの基礎研究に戻るのだろうか。そしておそらくそんな時間は実際には無いし、そのボスや監督者もそれを認めることはないだろう。こうなってしまうと、有意な効果がトランスレーショナル研究で認められない以上、その研究を続けるのは非常に難しくなる。そしてこうなっていまうと、他の研究室に移動せざるを得ない状況も考えられる。これは、生半可良いデータを持っているが、Pharmacodynamicsを複数の細胞株を使い、in vitroとin vivoの両方で再現性や出来る限りの一般性を取っていない、あたかも自分たちはサイエンスや研究のプロです!みないなゴ*のような創薬ベンチャーにありがちな失敗であると、自分は考えている。

この問題には他の危ない側面もあると考えている。もし動物実験などでそのキナーゼ阻害剤の有用性が証明でいない場合は、それまでの基礎研究の結果は信頼できるのだろうか。なぜそんなに顕著に効果がないのだろうか。言いたいことは、以前の研究結果で捏造などの研究不正は行われていないという保証はあるのだろうか

トランスレーショナル研究の良いところは、論文のインパクトが高い傾向にあることだと思う。

レギュラトリーサイエンス

レギュラトリーサイエンスとは機器や薬剤の精度や安全性を検証して、それを担保しようとする研究分野である。重要な研究分野であるとは思うが、これをサイエンスだと思ったことは、個人的には修士課程以来一度もない。自分はレギュラトリーサイエンスはサイエンスとは言えないと思っている。これらは自分の感じるところであり、これを天職と思っている者も世の中には沢山居るが、これは自分が診療放射線技師を捨てた理由でもある。以下、診療放射線技師や医学物理士の研究を中心の述べたいと思う。

これをポスドクまで行ってまでやりたくないし、個人的に研究する価値があるかわからない。レギュラトリーサイエンスを行うための能力は修士、その研究、というか仕事の内容も修士卒の技術員レベルで十分である。博士まで行った場合は、アルゴリズムの開発まで行うべきだと思う。しかし、そうなるともうレギュラトリーサイエンスではなく情報科学の分野だろう。

レギュラトリーサイエンスは、その研究のすべてがValidation(検証)、QA(品質保証)、QC(品質管理)である。これは自然科学における研究とは大きく異なる点である。ネガティブな見方をすれば、たとえ「何とかの開発」などと聞こえのようようなことが論文のタイトルに書いていたとしても、機器、ソフトウェア、アルゴリズム(この分野でここまで研究できる者はなかなかいないと思う。)など、研究上では、すべて既存の物を「試してみただけ」にしか見えないもちろん、その後、その手法なりを病院に申請して、承認を得てから臨床応用するのだろうから、重要な分野ではある

その違いは、論文の結論に着目するだけで理解することができる。まず、自然科学ならば、「XXは未解明なので、それを明らかにするために研究した。」というのがイントロで、結論は「XXはYYと結合するため、ZZZという現象は抑制されることが明らかになった。」などのように、何かの原因を解明するものである。一方、医学物理を始めとするレギュラトリーサイエンスは、「XXの検証を行った。」というのが目的で、「XXはYYと同等だった。」とか「XXはFeasibleだった。」とかである。

何がマズいかといえば、自然科学と比較した場合の論文の結論の価値が低すぎる。この手の研究が投稿されている論文誌のインパクトファクターは、最大で7.038(2022年時点。International Journal of Radiation Oncology Biology Physics)くらいである。そして、このジャーナルにさえ、なかなか手が届かないようだ。日本の研究者の場合は、最近では(良くて)Medical Physics(IF = 4.071)やJournal of Radiation Research(IF = 2.724 )なんかが関の山らしい。自然科学の論文と比べればかなり低い。科学における平均的なインパクトが低い、とも考えることができる。個人的に言わせてもらえば「いや、そういう目的でその装置は作られてんだから、XXは同等だったりFeasibleだったりすんのは当然だろうが。」である。一体、あの何も得られない結論は何なんだろうか。修士ながらにして、論文を読んだ後に結論がスカスカなのでうんざりしたことがたくさんある。また、そんな研究目的なので、研究対象と比較対象に差があってもなくてもOK。やれば何でもありになってしまう。ある意味ではすごくハッピーな研究分野である。論文作成に慣れてくれば失敗のしようがないし、似たような研究を行っている同僚が複数いるだろうから、共著論文も沢山出るかもしれない。しかし、逆に言えば特にメカニズムを解明したり、そのメカニズムを利用してなにかを開発したような経験がないということになる。そして、ポスドクでそのような研究をしてきた上で、次に本気の「研究所」に就職すると、研究者としての基礎能力が他の研究者よりも劣る可能性も生じる。なので、ポスドクでレギュラトリーサイエンスをやってしまったら、その後のキャリアを基礎研究で築くのはけっこう大変になるのではないだろうかと思う。病院で研究ごっこをするにはうってつけだが。

研究分野の切り替え

基礎研究で良い研究成果を得ようと思ったら、一般的に2、3年ではなかなか難しいだろうと思う。NatureとかScienceとかCellとか、一体どれだけSupplemental Figureがあるのだろうか。そういったデータを出すには5年とか必要だろうと思う。研究テーマにもインパクトが求められるし、そのためにはすでにある程度研究が成されているようだろう。

つまり、現在の自分の研究テーマを発展できるような分野に行くことができればすごく理想的だと思う。そのような研究テーマでは、今後一体どんな解析が必要なのか、解決すべき問題は何か、どんな研究手法を採れば良いのか、とか何もないところから始めるよりは解っていることが多い。

ということは、研究テーマを大きく変えるのはよく考えたほうが良い。その場合、ポスドクとして最も必要な、研究業績を得ることが難しくなると思う。例えば、アメリカでポスドクをやってきたけど、その期間で第一著者で論文を一報も書いていない、とかになる。そんなのは最悪であり、少なくともポスドクというものの本懐を半分くらいしか得ていないことになる。

これは自分も失敗してしまったなぁと思っている。特に博士課程のテーマが良くなかった。自分は医療系(コメディカル)が自分の専門なのに、修士2年から工学系の研究所に入り浸るようになり、博士課程はそっちの研究、しかも、その応用をやってしまった。つまり、本来の研究テーマを発展させるような方向には行かなかった。それはそれで多くの知識を得たし、今となってみれば色々なことを理解できるので良かったと思うが、一度研究テーマが途切れていると思うので、効率的ではなかったと思う。ずっとその研究を続けていれば、すごく体系立てられた研究テーマになっていたんじゃあないかと今では思っている。

しかし、広い知識っていうのもかなり重要なので、分野を変えてみるのは悪いことではないと思う。しかし、ポスドクからゼロから始めるようなことになるのは、考えものである。基礎知識やその分野の習慣みたいなものもはじめから学ぶ必要があるため、有限の時間にも関わらず、その知識を身につけるのに時間を費やす必要が出てくる。

まとめ

以上が自分が考える医者以外の基礎研究者のポスドク時のテーマ選びについて自分なりに学んだことである。臨床研究、トランスレーショナル研究、レギュラトリーサイエンスは応用の最たるものなので、その後の発展性もなく、研究者としての実力もなかなか身につかない可能性がある。アメリカや日本に限らず、ポスドクとして研究する場合は基礎研究者として今後発展できる研究テーマを選ぶことというのがポイントだと考えている。