フローサイトメーターのコンペンセションについて

日付;2022/05/21(土)

今週、所属した研究室で少しずつ実験を見せてもらっていたが、そこで将来的に嫌な予感のすることに遭遇した。それはフローサイトメーターのコンペンセイション(Compensation)の方法が手動だったことである。個人的には手動によるCompensationは、出来ればやめたほうが良いと思っている。ここではその理由を述べようと思う。研究室によって異なると思うが、それでもやっぱり手動はやめたほうが良いように思う。蛍光色素が10色も15色もあるような場合のマルチカラーフローサイトメトリーは特にそうだ。また、今後Nature、Cell、Scienceといったビッグジャーナルではそのような実験条件のデータも提出が求められる可能性だってある。

コンペンセイション(Compensation)

スタンダードなマルチカラーフローサイトメーターというものは、必ず蛍光波長の近しい色素の漏れ蛍光(Spill-overとか言う。)の補正(Compensationというやつである。)を蛍光色素ごとに行う必要がある。蛍光色素というものは、互いにどれだけ蛍光波長が離れていても、やっぱり数パーセントくらいは重なってしまう。そして色素の数が多くなるにつれて、そのSpill-overが多くなっていき、特に蛍光波長の近しい色素が何色かある場合は、手動でちゃんと蛍光を補正することが非常に難しくなる。これはBioLegendのSpectra AnalyzerやBDのSpectrum Viewerなんかで確かめることができる。なので、バッチリCompensationをする場合は、自動でCompensationしなくてはならない。これを自動でやるためには当然、非染色サンプル、単染色サンプルが必要であり、一番良いのはポジティブコントロールを使うのことである。しかし、はっきり言って評価する抗体が全部くっつくポジティブコントロールを準備するのはかなり難しい。発現していてもその発現量が低かったりするし、サンプルが貴重だってりする。だから、そのときはUltraComp eBeadsとかを使うとよい。FACS DIVAというソフトを使っている装置(Fortessa X20、LSRFortessa、Cantoなど)なら、UltraComp eBeadsでAuto-compensationが上手いこと機能する。そして、実験のクオリティーは適切にCompensationすることによってちゃんと担保される。少なくとも、手動よりも明らかに主観的バイアスがないデータが手に入る。なので、アメリカでの所属した大学でのフローサイトメトリーでは、手動によるCompensationが禁止されていた。自分でも10色のCompensationを手動で正しく行うのは正直やめたほうが良いように思う。いくら正しかったとしても、装置の設定が正しいことを証明するのに一苦労だろうからだ。適切なAuto-compensationならば、適切なコントロール(非染色、単染色サンプル)を用いなければ実施できないので、実施した時点でそれが正しく行われているデータも手に入るし、一緒に比較対照群をIsotype controlで染めたサンプルのデータさえあれば、その実験の正当性はかなり上がるだろう。それに加えてポジティブコントロールでもあれば、完璧である。

手動のコンペンセイション(Manual Compensation)の問題

その研究室では蛍光色素が10色以上あるにも関わらず手動でCompensationを行っていた。つまり、Compensationが不十分である可能性が非常に高い。

実験を見せてもらっているときにシレっと質問したが、どうやら、

  1. Auto-compensationが本当に信頼できるかわからない。
  2. フローサイトメトリーごとにCompensationをやるのは現実的ではない。

という旨のことを言っていたようだが、自分の意見はそれとは真逆である。まず1についてであるが、上述の通り、マルチカラーフローサイトメトリーで全検出器へのSpill-overをちゃんと引き算するのは、手動のほうが大変であるし、Isotype controlがあれば、その抗体が良いかどうかは別として適切にゲーティングできる。次に2であるが、正直いって実験毎にUltraComp eBeadsを準備するのはとても簡単である。前日に準備できるからだ。当然、前日染めたサンプルと当日染めたサンプルの蛍光強度は違うと言わればそれまでであるが、それにしたって手動よりは実験条件はより正しいものになる。正確に言えば、設定が正しいと主張するために十分な証拠はそろう。その研究室は血液サンプルを使って実験をしているため、抗体の染色性は非常に良いものだろうから、こういったUltraComp eBeadsを使ってCompensationをする必要はないのかもしれない。しかし。だとしたらその条件が正しいということを証明できないという意味でやっぱりクオリティーに問題が生じるだろう。

もう一つこれに関する問題は、そんなザックリした設定をしてしまった場合、良いジャーナルに投稿できるまでのデータにならない可能性があることだ。Nature、Cell、Scienceなどでは、おそらくそのような設定の正しさやIsotype controlをちゃんと使ったゲーティングストラテジーなんかも提出しなくてはならない可能性もある。日常でこういうことに対応しておく必要があるように思う。普段やっていないのに、突然できるわけないし、そもそも元のデータがなければどうしようもない。

自分だったらどうするか

実験中に質問したところ、CompensationをUltraComp eBeadsなどとAuto-compensationを使ってやることに問題はなさそうなので、自分はできる限りちゃんとやろうと思う。この研究室のように実験毎にCompensationをやらない場合でも、少なくとも一番最初にそれでフローサイトメーターの設定をしてからその設定を流用するようにしようと思う。それにしたって実験毎にやらないことにはレーザー自体の出力の変動や抗体の染まり具合のバラツキには対処できないのだが。