シングルセルRNAシークエンスのライブラリ作成はやっぱり地獄

日付;2023/12/26(火)、訂正と追加;2024/01/04(木)

以前、シングルセルRNAシークエンスのライブラリ作成は体力的にも精神的にもとても堪えるという記事を書いたが、今回もそれを再確認したということを無駄に記録しておこうと思う。実験終了日の次の日、充電が切れたみたいに何も出来なくなった。あのまま働いてたら絶対に風邪ひいていたと思う。因みに、今回のこの記事は完全に愚痴なので、嫌な気分になる人は読まない方が良いと思う。あと、今回は面倒なので装置の呼名(ストリームとか、ノズルとか)の説明を省く。一応言っておく。

FACS Aria IIの練習

自分はこの装置が本気で嫌いである。昔はノズルに付ける小さなOリングを顕微鏡下でセットして、その上でストリームを調整していたらしい。自分はこの時代と多少被っているが、ノズルへのOリングのセット時に顕微鏡なんて使ったことがない。というか、そんな説明を聞いて使う気が失せてしまった。絶対にしんどいに決まってる。それに、実験的にも必要がなかったので、使わなかった。

今はOリングがノズルに接着剤でいい感じにくっついているので自分で乗せる必要はなく、この異常な手間はない。それにしても、それ以外のセッティングが自分にとっては地獄である。だって、トラブルシューティングできる部分は、ノズル、ノズル挿入口、ストリーム確認用のCCDカメラのウィンドウとそれ自体の掃除くらいしかない。 そういうことなので、何かトラブルが起ころうものならばもう管理者を呼ぶか、それでも大概対応できないのでメーカーに問い合わせになる。だから嫌いである。

実験日当日のトラブルが嫌すぎるので、約3週間前から週に1回、この装置を使って実際にソーティングを行い、調整を行なってきた。しかし、大体の場合、重要な実験日に限ってこういうどうしようもないトラブルってのは起こるものである。

そして実験日の前日、予想通りトラブルが起こる。まず、ストリームを設定しようとすると、CCDカメラとストリームのアライメントがめちゃくちゃにズレている。何とCCDカメラはストリームではなく、そのウィンドウの縁の部分を撮影してた。その後、無理矢理CCDカメラのアライメントを直して設定を続けるも、ストリームが全く安定しない。そこで、ノズルを外してノズル自体とその周辺を掃除し、ノズルをしっかり乾かすとようやくストリームが何とか安定してきた。次にオートドロップディレイを設定して実際にソーティングをしてみても、細胞の解析は出来ているにも関わらず細胞が全くいない。これは確実にドロップディレイの設定がうまく行っていない。こうなると自分では対応できない。その日は上司が不在だったので、次の日の実験本番でセッティングに上司の助けを借りることにした。

実はその前の週にBDのメンテナンスが入った。そしてそのBDの連中は、自分の想像ではあるが、色々と装置を外して掃除をし、CCDカメラや横からのレーザーのアライメントも全てずらして帰っていったのだろう。これはかなり頻繁に起こることらしい。特にCCDカメラのアライメントのズレは、他の研究室の連中も言っていた。全くどうなってるんだ。どうせ4卒か修士卒の知識が無い奴らがにわかで覚えた技術で時間をかけて適当に作業を終わらせて帰ったのだろう。

このFACS Aria IIは2日連続で使用する必要がある。というのも、今回は8サンプル(腫瘍4種xマウス2種)あるためだ。1日目は上司の助けを借りて案外無難に終了するが、問題は2日目である。やはりドロップディレイの設定がうまくいかない。1日目とは違い、2日目は本格的に安定しない。1日目からすでに自分で設定するのは諦めているのでこの日も上司にお願いするが、ベテランのその上司でも設定できない。もう無理なので、ソーターを持っている他のグループにもお願いして実験を行うことにした。一つのグループはソニーのSH−800を持っていたが、何とそれには630nmのレーザーを積んでいなかったので、自分たちが使っていたAPCを見ることができなかった。正直、何でやねんと思ったが、仕方がない。他のグループはなんとFACS Aria IIIを持っていたが、やはりここもストリームの調整に時間がかかってしまっていた。そしてこのグループも、BDによるメンテナンス後にCCDカメラが全然違う方向を向いていたらしい。

設定を始めて3時間くらい経った時ようやく設定が上手くいった。原因はどうやらストリームの横から当てているレーザーのアライメントがズレまくっていたことが原因だったらしい。通りでドロップディレイが安定しない、というか、全く設定できないわけだ。CCDカメラのアライメントのズレでも思ったのだが、何かネジが緩い気がする。なぜ起動するごとにいちいちズレる??なぜ前日に大丈夫だった部分が次の日にイカれている??自分で触れてしまったのか???触れたとして、どうやったらこんなにズレる????せっかく1日目よりも2時間くらい早く作業が進んでいたのに、このエラーのお陰で結局前日より遅れることになる。2時間も早いのだから、このエラーが出るまではステップ2の終わりまで実験できると思っていた。それだけに、かなりガッカリした。こういうのが、本当にメンタルにダメージを与える。

2日目の実験では別の問題もあった。実はこの実験は、非常に残念だったのだが、自分が本当にやろうとしていた実験ではなかった。自分は前回のシングルセルRNAシークエンスの結果から、目的を達成するためにはNOGマウスは不要であるという結論に至っており、その結果と今回の実験計画を何度も何度もミーティングで発表していた。しかし、いざ準備を始めてみると、それに待ったがかかってしまった。何と、前回の結果と研究目的からはどう考えても必要ないNOGマウスの群を入れないのは、マズいというのだ。そして、冗談抜きで本当にそのような実験計画を代わりに提案されてしまった。その週の土日に、「その実験はどうしても無駄なので受諾できません。まず間違いなくお蔵入りになります。代わりにこの実験をやります。これであれば、そちらの要求も含んでいるはずです。」というメールを送り、実験を少しはマシなものに改善している。これについては以前の記事に書いている。このような出来事のために実験開始時期が1ヶ月くらい遅れてしまっており、また、自分は2023年12月でここを退職することから、十分な数の腫瘍浸潤リンパ球(Tumor Infiltrate Lymphocyte; TIL)を回収できるまでに一部の腫瘍径を大きくするための時間を取れなかった。なので、2日目の実験では、一部のTILの数がシングルセルRNAシークエンスを行うにはギリギリになってしまっていた。これをやると、後のステップで冷や汗をかくことになるので要注意である。

ギリギリではあるが、何にしてもシングルセルRNAシークエンスのライブラリを作成に足る細胞が一応回収できたので、次はいよいよGEMの作成である。協力してくれた他のグループの皆さん、本当にありがとう。お陰で無事に細胞を回収することができました。

FACS Aria IIでのポイント

ここに、FACS Aria II(多分IIIも)のコツをリストしておこうと思う。何かの役に立つかもしれない。

  • ノズルは超音波洗浄機で10秒洗浄後、MQ水でよくすすぎ、最後に完全に乾燥させる。この時、エアブローを使っても良い。もしノズルが濡れていると、その濡れたところからストリームが漏れてきて、良いドロップレットを形成できない。
  • ノズル挿入口、CCDカメラウィンドウ、ストリームの出口も拭いて綺麗にしておく。
  • ドロップディレイはまずマニュアルで設定し、次にオートドロップディレイを行う。マニュアルで設定しておかないと、オートでは一生見つけることができないことがある。ちゃんとソートできていることを確認すること。
  • BDのメンテナンス後は必ず設定が狂うので、大事な実験日周辺はメンテナンスを避ける。

Chromium controllerによるGEM(Gell Beads in Emulsion)作成

細胞が回収できたら、精神的にキツい部分の一つであるGEM(Gell beads in EMulsion)の作成である。苦労して回収した細胞が台無しになる可能性のステップである。特に、自分の実験ではマウスの免疫系(主にT細胞であるが)をヒト化するために4ヶ月費やしているので、ただ事ではない。ここでの注意点は、アプライする細胞を多すぎないようにすることである。多すぎると、GEM作成に使用するチップの流路が詰まってしまい、むしろ収率が減ってしまう。だからと言って少なすぎてもキット代やシークエンス代が非常にもったいないことになるので要注意である。データシートに従うのが一番良いのは確かであるが、だからと言って最終個数で10000個にする必要はないのではないかと思う。経験上、データシート通りに10000個にすると、確かにタイピングするためには十分ではあるが、解析していてもう少し細胞がいればいいのにと思うこともあるし、細胞20000個くらいなら何の問題もなくGEMが作成できる。データシートではアプライする細胞数が多いとダブレットが増えると言っているが、解析しているとダブレットのGround Truthがなければそれらを正確に除くことはできないし、Ground Truthがあったところでその数は推定に過ぎない。つまり、正確なダブレットを通常の実験では知ることが難しい。そうだとしたら、細胞をたくさんカウントした方が得である(その場合は、当然総リード数も増やす必要があるが。)(そう思っている。今気付いたのだが、自分はNovaseq6000を使ったことがなく、シークエンス直前の操作を行ったことが、実は無い。ななので、もしかしたら間違っていることを言っている可能性もあるので要注意である。)

この操作にもちょっとしたポイントがある。それは、GEMキットをしっかりと室温に戻すことである。室温でおそらく2時間も置いておけば良い。逆に、しっかりと室温に戻っていない場合は正確な量が採取できずにGEMの作成が失敗するらしい。ここまで来て失敗するとか、本気でありえないのでこれは注意が必要である。自分の知る限りでは、キットが消費期限内で、実験をしっかりデータシートに沿って行っており、かつ細胞のカウントの画像とその時のGEMの写真をしっかり撮影していれば、GEM作成に失敗してしまった場合10x Genomicsからサポートとしてもう一つキットを送ってもらえるはずである(2023年12月にはもうこのサービス終了している可能性がある。最近は調べてないから疎い。)。こういうサポートを受けたい人はデータシートに完全に従う必要がある。

これな。今はChromium XとかChromium iXとかのほうが良い。プローブを使った固定細胞のシングルセルRNAシークエンスが出来るので。

Bioanalyzerによるライブラリのクオリティーチェック

ここも嫌いである。メンタルに来る。特に1回目のBioanalyzer 2100の結果が悪ければ、おそらくそれはライブラリ作成の失敗を意味する。細胞は残っているかもしれないが、GEM作成キットがもうない。だからもうライブラリを作成が出来ないためだ。

この実験では、2日目の細胞数が少なかったもので、一部の細胞のcDNAが検出ギリギリだった。綺麗なピークが出ていなかったので、正直終わったと思った。しかし、よく見てみるとcDNAの量が少ないだけで、その質はそんなに悪くないように思えた。なので、気を取り直して次に進むことにした。何はともあれ、ここが終わってあとはデータシートに従ってDynabeadsで精製し、インデックス配列を付加し、PCRし、SPRIselectでサイズセレクションして行くだけである。

SPRIselectによるサイズセレクションとPCRを延々と行う

GEMを作成し、その後のRTを行い、そしてBioanalyzer 2100による最初のQCが終わると、次はSPRIselectによるサイズセレクション、フラグメント作成、インデックス付加のためのPCRを延々と行っていく。ここは本当にデータシートに従って作業を進めるだけであり、作業自体はほとんど辛くはない。しかし、もう既に疲れ切っているし、簡単と言っても手を抜けないステップなので正直しんどい。この部分のSPRIselectとか、確実に最後のQCに影響するので丁寧に行う必要がある。個人的にはステップ3のBioanalyzerによるQCの前に帰宅した方が体力的、精神的、時間的にもおすすめである。もしこのQCで結果が悪ければSPRIselectのステップをやり直す必要があり、そうしたらまた1時間以上費やす必要になる。そんなもの、次の日で良い。それにこの次のステップでFeature Barcodeライブラリの作成とBioanalyerによるそのQCもある。

Feature Barcodeライブラリの作成

最後はFeature Barcodeライブラリの作成である。ここはステップ2の最後で上清とペレットに分けるが、その上清を使ったライブラリ作成である。ここも非常に簡単で確かAmp mixを入れてPCRし、SPRIselectでサイズセレクションし、最後にBioanalyzerでQCするだけだったと思う。興味深いのが、このQCの結果を見ていると、この産物の量とアプライした細胞の量が相関しているように見えることである。確かに、ここが最も元の細胞の数を反映しているステップではある。このQCが終われば、この地獄のようなライブラリ作成も終了である。ここでようやく安心できる。

シークエンスの外注の準備をする

ライブラリさえちゃんと完成してしまえば、よほどの失敗をしなければもう大丈夫である。既に−80℃(-20℃でOK。4℃でも良いようだが、すぐにシークエンスを始める場合でもない限りおすすめできない。)で凍っている。次は、ライブラリをシークエンシングの外注に出す準備をする。Bioanalyzer 2100のデータを見て、cDNAの濃度(ng/µlとnM。最終的な量は34µlになっているはず。)を確認し、さらに使用したDual Index TTとDual Index NTのサンプルインデックス配列を確認して、サンプルシートを記入する。シークエンスは、個人的にはアゼンタがおすすめである。1年前の知識であるが、ここは10xGenomicsの認定(正直、どんなにすごいライセンスなのかは知らん。)を取っているし、Novaseq 6000も持っているから出費を多少なりとも抑えることができる(と思う。)し、何よりもシークエンスの受託の経験値が他の業者よりも高いので、他と比べれば安心である。その他の業種は、なぜかシンガポールにサンプルを送られてしまったり(ノボジーン)、テクニシャン(シンガポール)とマネージャー(日本人)が技術のことをわかっていない雰囲気がするし(ノボジーン)(これについては以前愚痴ったので、それを参照。前科者なので二度と使わん。)、BCLファイルからFASTQへの変換方法を知らなかったり(iLac)(これも以前愚痴ったので、それを参照。最近知ったのだが、この業者はメタボロームの解析から始まっているそうで、そしてその解析さえも酷いので絶対使わないと言っている人が居るようだ。)HISEQだったり(かずさ、話は通じたし、クオリティーは間違いなく高い。)、MGI社のシークエンサーを使っていたり(KOTAIバイオ、話は通じたし、クオリティーは間違いなく高い。)、結局コストが高くついたり、まともなデータが帰ってこなかったりするリスクがあったりする。このあたりは全部愚痴っているので、詳しくはそれを読んでほしいところである。iLacへの受託依頼の失敗から、様々な会社とオンラインの面談を行って得た情報であり、アゼンタについては実際に良かったという経験がある。

もしこの手の実験が初めてであり、どの会社に外注するか迷ってしまったら、ぜひオンラインミーティングをしてみて、自分の要求が通っており、そのミーティング内容が見積書にしっかりと反映されているかチェックしてみるのは必須だと思う。自分はアゼンタを選んで上手く行った。ノボジーンはミーティング内容が見積書に反映されていなかった。iLacはBCLからFastqへの変換方法を知らなかったし、 シークエンス自体が100点とはいい難い結果だった。かずさやKOTAIバイオは技術はしっかりしているだろうけど、シークエンサーが時代と合っていなかったり、MGIだったりする、って感じである。ぜひ自分の目で確かめてほしいところだ。

サンプルシートのアップロードが終わって発注を確定したら、それで終わりである。あとは郵送してFASTQファイルが送られてくるのを待つだけである。

シングルセルRNAシークエンスのライブラリ作成はやっぱり地獄だった

結局、この実験のために少なくとも3週間は気が張っていた。科研費も随分と使ったし、この所属先での最後の実験でもあるので、どうしても失敗したくなかった。少なくとも解析できるまでの結果がほしいと思っている。

そして、このときは自宅から研究所まで90分くらい時間がかかっていたので、夜まで実験することができなかった。なので、近くのTOKYU REIホテルに3泊4日で宿泊することにした。全部で26550円の出費である。出費は痛いが、実験に集中したい。だから、しょうがない。失敗したくない。

この実験では解剖とソーティングからライブラリ作成まで全部一人で行う。世界中探してもそんなことをやっているヤツはなかなか居ないと思う。普通は全部分担して、それぞれの専門家が行う。そっちのほうが実験のクオリティーも、時間的な効率も良いに決まってる。こんなことをしているので、早朝から実験を開始する必要がある。宿泊しているし、これは問題ない。朝の6時半くらいから準備して、朝7時から解剖を開始する。そして、休む暇などほとんどなく作業を続け(PCRの時間くらいは休めるが、最大で小一時間ないくらい。)、一段落つくころには夜の11時近い。そこから後片付けをやっていると、夜11時30分である。その頃には、体力的にも精神的にもぐったりしている。また、その時間帯に開いている店は幸楽苑かコンビニしかない。誰がそんな時間にそんな者を食べたいだろうか。実際、2日目の夜10時30分くらいに幸楽苑行ったけど、次の日お腹の調子悪くなったし(すぐに治ってよかったけど。)。これが、この実験の地獄なところである。

外国からの旅行者がずいぶん居たけど、ここからどこに観光にいくのだろうか。

そして、実験が終了した次の日、本当に動けなくなった。動けるには動けるのだが、15分と保たない。慢性疲労とか悪性貧血というのはこういう状態なんだろう。体力が数%しか残っていないし、充電時間も全く足りない。普段からバッテリー容量が高く、その割に回復率が悪いので、体力が75%まで回復するのに4週間くらいかかった。次の日なんか、引っ越しの準備もあり、文字通りの地獄である。体力が5%なのに荷物をコンテナやダンボールに詰めて、なんやったらその思い荷物を移動させる必要がある。シングルセルRNAシークエンスもそれに続く引っ越しも、自分でもよくやったと思う。

とにかく、こういう実験こそ複数ラボが協力する必要があると強く思う。そして自分はその後の解析まで行う。でもやはり本当の専門家が適してるのだろうと思う。そうやって考えると、サンプルを準備するグループ、シークエンスのライブラリ作成グループ、シークエンスを行うグループ、解析を行うグループの4つの専門が必要である。もしそれぞれがプロ並みのグループが協力し合えば、それはかなり協力なチームが出来上がるのだろうと思う。というか、アメリカはそれだった。日本でもそんな体制が必要であるし、今後は求められる。

美味しかったけど、体力が限界でした….夜中に食べるのはどうかと思う。次の日しんどかった。