アカデミックから創薬ベンチャーに移った理由

日付;2024/2/4(日)

新しい職場に来て一ヶ月経ち、ようやく落ち着いて来たので、現職と比べて前職に対して思うことや現職に移ろうとした理由なんかを、振り返ってみようと思う。冷静に考えると、やっぱり前職は良くなかったと思う。アメリカから帰ってきて一発目の職場だったけど、アメリカに居る時の不安がそのまま現実になった感じもする。ある意味では良い経験になったと思う。言うても、この経験を役立たせることも無いかも知れないけど。勿体ないから書いておこうと思う

日本のアカデミックに将来はない

最近はだんだん日本に慣れてきてしまい、この考えも薄れだしているが、アメリカから帰ってきたころは本当に愕然としたことを覚えている。日本の研究のレベルも進展のスピードも、アメリカのそれとは比較にならないくらいに酷い。詳しくはこことかこことかを参照すれば良いが、簡単に言えば、まずアメリカでもう普及している装置や機器、例えば、ハイスループットシークエンサー、CyTOF、スペクトラルフローサイトメーターを持っている組織がほどんどなく、外注するにしても話さえ通じないことがあった。ほんと、びっくりした。

人事も酷いもので、今は、タレント性のある若い女性で、研究業績は二の次、という人事を、科学技術でどんどん遅れてきているよ!と言っている国自身が推進していたりする。一体何がしたいのだろう。研究がしたいのか、キャバクラに行きたいのか、よくわからない。

また、給与だってかなり低い。誰がそんな給与で一生働くだろうか。個人的には、金を積まれたかたらと言っても、世界に渡り合えない研究は、個人的にはあまりやりたくない。最先端の研究を指を加えて見ているだけになってしまう。それは面白くない。

もう、日本のアカデミックは絶滅を待つのみである。研究レベルとして、中国は既にはるか上空に位置している。そして、そのうち、東南アジアの小さな国からも追い抜かれるのは、残念ながら時間の問題である。

自分の研究能力を使って仕事がしたい

日本のアカデミックにこのままずっと居たとしても、年収はせいぜい800万円。あと二十年も800万円。でも、やっている研究は最先端でもなく、それどころか20年前の研究手法である。そして、世界の研究の進展を指を咥えて見てるだけ。将来的には日本の学術レベルは相当に低いものになってしまう。指を咥えて見て入れるならばまだ良いようなもので、そのうち、一体何をやっているのか、理解できなくなる日が来ると思う。例えば、生物学者におけるシングルセルRNAシークエンス解析のように。そういうことを必要に応じて使用して研究を発展させることが出来ず、そのチャンスさえも得ることができないようならば、もうアカデミックに居なくてもいい。自分の知識だけでも追いつけるようにすれば良い。今はSRA(Sequence Read Achive)やTGCA(The Cancer Genome Atlas)でシークエンスやデータセットはダウンロードできる。前所属では本当にそのように理解して活動するしかなかった気がする。

じゃあ、もうこのアカデミックは捨てて、新しい分野に挑戦するのも良いと思った。これまで培ってきた研究能力を、より社会活動に近いところで活用したくなったわけである。自分のこれまでの研究歴からみても、やはり製薬業界良いのだろうと思う。ここで能力を発揮して、キャリアを確実に上げていけるのであれば、それはきっと面白いだろうと思った。

今後のために創薬の仕事に関するキャリアを築きたい

アメリカでポスドクをやっているときから、自分のキャリアから考えても製薬や創薬をやっている企業が良いのだろうと思っていくつかアプライしていた。ただし、どうもそのアプライ方法が非常に駄目だったらしい。まず、最近の会社はリクルーターや転職エージェント的な分野の人達から紹介を受けるほうが、バックグラウンドのチェックなどの関係から望ましいらしい。そういうことを知らずに、色々やっていた自分が、非常に愚か者だったと思っている。ということで、転職エージェントから色々と話をもらい、転職をしたわけである。

上述の通り、自分のキャリアでは製薬か創薬企業の生物学研究がいいだろうと思っていた。ただし、そこで急にキャリアを築くことなんか、出来るわけがない。少しだけ前述したが、やはりどこの馬の骨ともわからん奴を信じるのが難しいのはどの分野だってそうだと思う。なので、少しずつでも創薬や製薬の分野で自分を信じさせるに足るキャリアを築く必要があると思っていた。この転職は転職エージェントからの紹介であり、けっこうラッキーだった可能性があるので、この機会を蹴るのはとても勿体ないと感じていた。こんなに分野が合う企業もなかなか無いだろうとも思った。

所属先は創薬ベンチャーでもあるので、あと5年間は頑張ってみようと思う。そしてその中で良い履歴書をかけるように活動をしていく、ということが当面の目標と考えている。

辞めてから前職について思うこと

新しい職場に来て、本当に嘘のように不満なところがなくなった。その理由を考えてみたところ、以下のような点が無くなったためであることは、まず間違いないのではないかと思う。あのままだったら絶対に精神的に悪影響だったし、業績としても終わってた、と本当に思っている。

研究能力が皆無だった

はっきり言って、前職はやっていることがあまりにも中途半端だったと思う。何が酷いかといえば、おそらく5年続けたとしても、研究業績は全く出なかっただろうと思う。ここに来て気がついたが、研究室の選び方として、5年以内、条件を緩めても数年以内にその研究室のPI(Principal Investigator)が責任著者となっているハイインパクトジャーナルでの出版歴がない研究室は、まず間違いなく、基礎研究の分野ではゴミであると思う。こういう研究室には行っては行けない。いくら研究テーマが自分に合っているとしても、それは駄目である。今回得た教訓である。これは実際は海外でも当てはまるので、ポスドクとして海外留学する場合はしっかりと確認すべきである。

まず、あの「公益財団法人」という組織があまり良くない。この「公益財団法人」という組織が、ダラダラと研究を行う隠れ蓑のような役割になっていた。従って研究のペースが地獄のように遅く、研究者として研究の世界で生き抜くためには到底アクセプトできない状態だった。ここの人たちは、海外で行なっている研究に対して指を咥えて見ているだけか、せいぜい、唯のガヤ芸人のように周りでざわつくだけのカスになることを良しとしている人間であるとい確信している。言うても、日本のアカデミックが既にそのような状態になっているということもあるが。もう海外に追いつくのは無理だろうと思う。数年後にはマレーシアや台湾などにも研究のレベルで差をつけられると確信している。

おそらく「公益財団法人」との肩書きが付いている組織で真っ当な研究を行なっているのは、日本ではがん研しかないだろうと思う。他は、おそらく全部カスである。もう行かなくてもわかる。逆に、タイトル詐欺ではない研究している研究所なら、見せてもらいたいところだ。

話を戻すが、自分が所属した川崎市殿町のキングスカイフロントにある実験動物の研究所は、名前に「研究所」と付いているだけで、ほとんど研究といった研究が回っていなかったと思う。その施設内の他の研究室はその限りではなかったが、少なくとも所属した研究室はそうだった。だって、まず論文を書けていないし、論文を書くというその姿勢が、20年前の小さな大学の研究室のようなスタイルであった。有ってもFrontiersである。はっきり言わさせてもらうが、Frontiersの論文もまたゴミである。せっかく出た研究成果をそんなところに出すような研究室で、それに加えて「Fronteirs in Immunologyなんてインパクトファクター9もあるよ!」なんて言っているようなところは、ゴミ確定である。

また、アカデミックとは言え、主な収益はもはやマウスの頒布やCRO業務であった。この研究所の中で非常に優秀だった研究室の室長は、その話をちょっとした時に「ここはCROじゃないよ」とか言ってたが、名目上やタイトル上CROじゃなくても、主な収益モデルがCROなので、それはもう実質CROである。では、この研究所から事業開発を行なっている部署、マウスの頒布を行なっている部署、マウスの検査を行なっている部署を潰したらどうなるだろうか。収益は無くなって運営できなくなるはずだ。だからやっぱり、実質的にはCROである。

ちなみに、この優秀な研究室とは、詳しい事情は知らないのだが、自分が所属した研究室から喧嘩別れをしたらしい研究室で、その元の研究室とほぼ同じ主テーマでヒト化マウスモデルの開発を行っている。すなわち同じ研究テーマを持っているといっても表面上は正しい。もう、この時点で微妙な運営、というか、被っている時点でどちらかが無駄である。そして、自分の所属した研究室よりも目的に沿った圧倒的に良い研究を行なっている。つまり、自分が所属した研究室は、無駄であり、老害に見えた。一般的に言えば、ここは潰した方が組織にとって有益だろう。生体内でも例えばApoptosisというシステムがあるし、免疫によるPhagocytosisもある。Scenescenceという害悪もあり、これが排除されなければ炎症になったり、がんの進展を促進したりする。そして、この優秀な研究室のPIの気持ちは、非常によく理解できる。やはり、「老害」と言う単語は、実際にそういうことがあるために生じるわけだ。

このような背景もあり、研究自体が遅いということに便乗して、わざわざ研究を遅くしているようなスタイルに見えた。自分にはこれがかなりストレスだった。というか、こんなところにずっといたら、必要な研究業績を得ることができないわけであり、研究者生命が途切れてしまう。もちろん、その組織にずっと居て、そこで研究者を名乗ることはできるが、だとしても業績がない。つまり、他の優秀な研究を、指を咥えて見ているだけのエセ研究者になってしまう。ここに就職しようとしている若者に言いたいことが、「まともな研究をしたければ、この研究所はやめとけ」ということである。5年間で必要な業績を得ることがまずできない。

技術員の仕事を求めらていた

これも上述したことに関連するだろう。本気で研究を行っていないのだから、研究員が不要である。求められていることは技術員であり、やることはケージ交換と採血であり、データを出すことはほとんどない。また、科研費と取ったところで、最終的に「所」の仕事ではない、とか、「それは実中研でやるべき仕事ですか?」とか、明らかに不要なのに「NOGマウスを入れない計画は困る。」という条件をつけて、成果まで限りなく遠回りすることになった。もう本当に愚かしかった。このデータを出すことはないという文化は本当に酷いもので、ほとんど大部分の実験に目的がなかったように見える。ちなみに、これは昨年、辞めるときにここの新しい所長にすでにチクっている。この新所長は本当に優秀な先生なので、この弛んだ文化を正してくれ、基礎研究を本当に高いレベルにまで引き上げてくれると信じている。なので、これからは随分と改善するのではないかと、本気で期待している。というか、頼むわ。

では、その裁量の範囲内でしっかりとした論文を書けばいいのではないか、とも思った。でも、もうこの低レベルの考えから立ち退きたかった、というのが正直な気持ちである。すごく低レベルのところで5年従順に頑張って微妙な論文を書くのが良いのか。不必要な介入で明らかに遠回りしながら、最先端でもない機器を使って研究を行うのが良いのか。自分は学生でもポスドクでもない。これは単に時間の無駄である。低レベルをアクセプトするつもりはない。

給料も低かった

技術員を求めているのだから、給料だって低いに決まっている。給料については非常に難しいところだが、個人的には自分のやりたいことがやれるのであれば、多少低くても良いと思っている。しかし、最初のJob Discriptionにかかれていることがほとんど実施できていない状態で、かつ、ポジションに合わないような仕事(技術員)の場合を任されるならば、給与は高くしてもらわないと割に合わない。それに、お金と信頼は高い相関がある。つまり、給料が低い場合は、上っ面でどんなことを言ってきたところで、その程度の必要性であり信頼度であるということが言える。それじゃあどうなるかといえば、そんな組織に居る理由など皆無である。依ってここで言えることは、この研究室はJob Discriptionを偽るので要注意である。