研究留学に関する現時点での考えと残す1年くらいの期間における目標について

日付;2021/08/16(月)

アメリカでの研究期間も、残りが最大で1年2ヶ月になった。当初考えていた研究スタイルとだいぶ違うが、無事に第一著者として論文を出版することができ、最低限の成果は得たように思う。次の目標を設定する必要がある。そこで、自分にとって何が重要で、それに対する成果としてどこまで達成したのかを知るために、自分にとっての留学について一度考えてみた。

留学した理由

この留学の当初の目的は、端的には海外経験を積むことだった。日本での研究活動において、年齢に対する論文数はそこそこOKだったと思う。問題点としては共著論文が少ないことと、各論文のインパクトが低いことだった。これらについては、所属する研究室やチームが小さかったり(大きなラボに所属したことがない。強いて言えば、博士課程に部分的に在籍していた研究機関がとても巨大かつ超優秀集団であり、共著論文もいくつかあるが、自分のメインテーマがその期間と違っていたりと、結局のところお客様だったように感じている。)、分野がニッチ(放射線生物)だったりするので、なかなかコントロールすることが難しいと思う。

そして、似たような、助教や研究員みたいなポジションをこれ以上日本で続けることに意義を感じることができなかった。それは以下に示す主に3つの理由からである。それにも関わらず似たようなポジションしか当時は考えられなかったので「じゃあ海外に行こう。」となった。年齢的にも明らかに最後のチャンスだったし。

理由1

まず第一の理由としては、日本の研究や技術開発に対する姿勢・体制への疑問からである。この頃(2015年ころ、もっと言えば、2011年まわりの当時の民主党が政権から)から、自分の目には、日本の研究機関というか、公的な研究資金を牛耳っている日本政府は明らかに迷走を始めたように見えた。おかしいと感じたことは、日本や日本人の、研究に対する最悪の勘違いと、雇用に関することだ。ます2015年くらいから文科省の研究助成事業が流行りの研究内容しか行わなくなった。これは今でも同じだと思うが、そんな流行りの研究なんてのは5年も10年も前に基礎となる研究が終わっているわけなので、それをなぞるようなことをやっても学術的にあまり有意義ではないと考えている。そして、現時点では応用的に意味なんかなさそうな、それこそ将来のシーズになりそうな研究がほとんど理解されないような感じになってきた。今でも”シーズ”とか、”サステイナブル”とかXXみたい掲げている連中が多くいるが、少なくとも行政の掲げるそれらのタイトルは全部うわべでウソな、内容のない偽物である。今の菅義偉政権を見ていれば如何にロジックのないことかわかると思う。雇用についても、当時、そして今でも”和製の”テニュアトラックなるものが流行っていた。今は良く解らないが、当時は完全に勘違いというか、何がしたいのかわからないポジションだった。おそらく知らんヤツが名前だけでアメリカ等を真似たのだろう。当時は書類審査後に面接をしたが、その結果「まだ若い(確か32歳くらいだったと思う)ので、もっと経験を積んでください。」と暗に論文数のなさを指摘されて落ちてしまった。おそらく、別の理由で自分は組織には不要だったのだろう。本当に論文数や年齢が問題ならば、書類でわかるはずだからだ。そして、最近では、この”和製”テニュアトラック制度については更におかしな基準になっている。明言すれば、「年齢が若く、論文が少なく、女性」である。大阪大学の教授にこれについてメールで質問したことがあるが、この「女性」というヤツは、大学に占める割合がかなり低いため、行政からの要請があるらしい。ということは、今の日本は科学や大学教育ための人事ではなく、性別の比率合わせの人事を行っているというふうにも理解できる。アメリカで、年齢や性別についてJob opportunityに書いたりすれば、大変なことになるだろう。また、どうやら広島大学の募集要項にはこの年齢と性別(若くて女性)が秘密裏に設定されているらしい。募集について質問するためにメールをしたときに、人事から実はこういう指示が出ていると密かに教えてくれた。そのくせに、講師や准教授くらいのポジションになればそういったおかしな条件が一切なくなる。一体何がしたいのだろう。一貫していないし、教育がしたいのか、研究がしたいのか、若い女性を集めたいのか、よく解らない。能力も資金も体制も、日本の科学研究のレベルがどんどん下がるのは当然と言える。どう考えても、これはアメリカ留学を決めた最大の理由だと思う。今は日本で職を探そうとしているが、正直、国立大学はほとんど信用できていない。おそらくこういった不安定かつ馬鹿げたガバナンスにより、早ければ数年後に日本の大学から今後重要になるだろう基礎研究が消え、学生も大学を学ぶ場所ではなく次のキャリアやネットワークづくりの単なる足場、もしくは唯の連絡先としてみなすようになり、将来的にはものすごく低い賃金(すでに助教はヤバいくらい低い。)で先生をやる羽目になるだろうと思う。自分ひとりだったらアメリカで次のキャリアを探すだろう。給与もいいし、やりがいもある。

理由2

もう一つの理由は、もちろん、キャリアのためである。これはプライド、というか、自己満足というか、負けず嫌いいというか、そんなところからである。「研究をやっています!!」とイキっていても、海外で研究の仕事をしたことがないのでは話にならないし、今後、自分より若い、なんやったら子供でさえ英語を喋っているのに、自分はなにもできない、例えば「あの年代って全っっ然英語わからんよなぁ。あれでようイキってんなぁオッサン。」みないなことになりたくなかったからだ。なんやったら中学校くらいでは「全く英語の喋れない英語の先生が、英会話バッチリの中学校1年生に英語を教えだす」みたいな狂気じみたことになっているはずである。そういうのがただただ嫌だった。研究の分野では、海外でもちゃんと研究できるほどの能力を身につけたかったというのが2つ目の理由である。個人的にはこれが一番効いているかもしれない。海外でしっかりした業績がなければ、どこか自分に自身が持てなかっただろう。そして、いつになっても無駄にハングリー精神だっただろう。他の世界を知るってのは自分には重要だった。

理由3

それに、修士課程から成し遂げたかった研究、というかやりたかったことはそれまでの日本でのキャリアの中でほとんどやれてしまっていて、論文も2019年くらいに出きってしまった。ということで、ある意味「力だめし」みたいなことを考えていた。あまり純粋ではないが、「この研究がやりたい!!」みたいなことでななかったと思う。今まで培ってきた能力がアメリカで使えるのか試したかった。これが3つ目の理由である。多少なりとも上記の2つ目の理由と似たところがある。

当時(2017年)の目標

2017年の留学初期には、今とは別のことを考えていた。そこそこの論文、例えば、Radiation Researchとかそういったレベルの論文を3から4本くらい、最低でもCancer Researchくらいのレベルの論文を1本は書きたいと考えていた。それが始まってみれば、これまでの自分の研究スタイルとは全く違っており、すこし考えを訂正しなくてはならなくなった。結果として、Nature Communicationsにメインの研究がアクセプトされただけになってしまったが、中の下の論文を量産するのと等価なのではないかと思っている。個人的に、今のラボでこの論文誌にアクセプトされたことはもはや最上級にナイスだと思う。今後、おそらく、3年くらいは出ないと思う(今手伝っている研究は有力だが、これは以前所属していた優秀ポスドクの研究で、だれも引き継いでいない。この時点で現ラボの体制が少し不味いのが理解できる。ビッグジャーナルに投稿するポテンシャルは感じるが、だれがRevisionを実験をやる??おそらく、自分の代わりに来るポスドクが引き継ぐか、他に別のポスドクが引き継ぐ必要があり、その雇用だのラボに慣れるだので1年以上費やす必要があるからだ。あと1年とか2年以内に出版するためには今居るもうひとりのポスドクの一人がそれを引き継ぐしかないし、それが研究内容的にも良いと思うのだが、なぜやらないのだろう….まぁ、知らんが。)。また、すこしニッチではあるが、大きな学会にも参加することができた。ビザの関係上アメリカでの活動は4.5年くらいになるだろうが(H1ビザで仕事することは現時点では考えていない。)、その期間内でやることはちゃんとやったなぁという感じがする。その他に覚えたととても有意義なことは、ボスとディスカッション、というか、バトルする能力である。業績の割に厳しいラボに所属してからこそ、これを覚えることができたと思っている。これはある意味、論文以上に価値があると思う。まぁ、正直に言えば度胸しか必要ないのだが。

まとめると、4年以内に中の上(Nature Communications)に自分が第一著者の論文がアクセプトされ、わりかし大きな学会への参加も経験し、ボスとのバトルも覚えた。これにより理由2と3をクリアしたと言える。理由1(日本の研究体制が疑問)を克服するのは、海外留学だけではなんともならなそうだ。政治家になるとか、そういうことをするしかない。これをクリアするための手段としては、他には企業に就職するとか、私立大学でポストを得るとかだ。しかしながら、日本の医歯薬関連企業は海外の本社の球拾いが仕事なので、注意が必要である。

これから(残り一年もない)の目標

これが問題だ。どうしよう。

まず、現時点で東京の、潜在的には日本全体のコロナウイルスがヤバい。ニューヨークの比じゃあない。2021年8月11日(水)の時点で被検者の約50%くらいがコロナウイルス陽性であり、ワクチンの接種ペースも馬鹿みないに遅く(ちょっとずつ進んでいるらしいが)、研究どころではない。ということで、研究業績が必要なのに、研究できないのだから、今は日本に戻るのは得策とは言えない。やっぱりまだこっちで研究に集中しても良いと思う。とにかく日本帰国は冷静に、良く考えてしないといけない。しかしながら、あと1年アメリカに居たところで論文は出ないだろうから、無駄にグズグズするのも問題である。何か1年くらいの短期間で、自分のキャリアのプラスになることをやらなければ損をするというものだ。

じゃあ、今行っている研究について考えてみる。グダグダを考えるより、全力で研究するのがベストかもしれない。今は先日出版された研究で用いている同薬剤が、TIL(Tumor Infiltrate Lymphocyte/Leukocyte)に与える影響について解析しており、現時点ではそこそこ良い結果が得られている。どの程度までの結果を示すかによるが、ものすごい結果を望まないならば、いけそうな気がするし、ボスもFigureを4つくらいで出したらどうかと言っている(忘れていなければ良いのだが….)。しかしながら、現時点(8月15日)で、すこし脇道にそれた解析になっていることもある。なぜうちのボスはこんなにも先入観があるのだろうか。いま使っている薬剤は、残念ながら、かなり強力に免疫系を抑制してしまう可能性があるのは、以前の結果で示したはずだ。もし忘れているのならばどうかと思う。一体、あのとき(2020年3月から5月のロックダウン)のやり取りはなんだったのだろうか。それに、どうしてもPD-1/PD-L1の阻害に関連させたいらしい。本当に、すごく偏った人だと思う。そういうことで、今、特にRNA-seqの解析結果や他の結果で示唆されてもいない解析であるTILのプロファイリングをやっている。これは無駄になる可能性がある。ボスの意向であるPD-1/PD-L1、そのシグナリングの阻害やImmune Checkpoint阻害剤との併用の可能性に対して良い影響を与えないという結果が示されれば、研究は一時中断する可能性が高い。これは完全にうちのボスの悪いところであり、自分が全く同意できない、むしろ、基礎研究者として最悪とも言える性質だと自分は考えている。実は先日出版した論文の中の研究でも、それが起こっている。馬鹿げている。まるで捏造を強いられているようだった。がん幹細胞(Cancer Stem Cell;CSC)のよく知られた特徴であるCD44high/CD24lowの細胞数が減らないので、「それはおかしい!!実験が間違っているに決まっている!!!!」となり、研究の進捗がとても遅くなったことがある。これ、専門家とは思えない挙動である。 CD44high/CD24lowはCSCの特徴としては知られているが、そんなモデルが適用できるのはかなり限られているし、他にもStem cellの性質を与える分子は本当にたくさんある。だからこそ、この分野はとても難しいといえる。

そういうことで、なかなかに不透明である。しかし一方で、もう十分に良い論文を書いてしまっている今、研究を切り上げて日本に帰国しても、特に問題はないということもある。もちろん、上述のように自分が良くても日本国内が最悪の状態になっており、良い策とも思えない。すなわち、戻ったところでキャリアに影響しそう、つまり、業績が必要なポジションに付けば1、2年無駄になるとかも問題が予想される。

そこで考えたことは、今年(2021年)10月以降、二ヶ月ごとに進捗について考え、それを元に2022年5月、7月、9月と帰る時期について決定するのが良い気がする。それによって無駄がなくなるだろう。もし今の状態からほとんど進捗がなければ5月に、もしとても良い進捗があり、論文作成まで辿り着けそうならば7月、リバイスまで行けそうならば9月や10月というようにするのはどうだろうか。個人的には7月に帰国するのが良いように思う。その理由は、だいたいこのころから募集が本格的になってくるように思うためだ。あと、コロナウイルスの関係上、一時帰国して就職の面談を受けて、またアメリカに帰る、というのがかなり難しい気がする。最低でも2週間は日本で拘束されるだろう。おそらくうちのボスは難色を示すだろうし、コロナウイルス陰性の証明書の有効期限が3日以内なので直通便を使う必要があり、旅費もおそらく通常より高いはずである。なのでここは余裕をもって日本に帰国してからゆっくりと休養がてらに就活をするのが良いと思っている。正直それがベストなのかどうかわからないが、そんなことも理解できないような組織や社会には属さなくても良いと思っている。先が知れている。

まとめると「今の研究を、休暇なんか取らずにキッチリと、できれば効率的に行い、そして10月以降2ヶ月ごとに進捗について良く考えて、切り上げ時期を5月(4.5年終了)、7月、9月、10月(5年終了)にするか判断する」としようと思う。とにかく、第一チェックポイントは12月といえる。

その他の重要なこと

重要なことだが、海外留学の理由1がクリアされていない。これについてすこし考えてみる。おそらく、日本の研究体制は、研究資金、日本の大学や企業の研究に対する意識や理解についてを加味して考えても改善されることはまず無いと思う。きっと金は減らすが一流ジャーナルに通せと言ってくるか、そもそも基礎研究は無駄と見なされるかどちからではないだろうか。だとしたら、基礎研究を続けるのはあまり賢いことではない。それに昨今のコロナウイルスを見ていても、特に日本のように行動にロジックのないような国では、企業や国からの支援に頼っていては間違いなく痛い目を見るシーンが今後も増えてくるだろう。2021年8月12日(木)の東京新聞の記事で以下のように書いてあった。

“東京都の新型コロナウイルスのモニタリング会議が12日あり、都内の感染状況について専門家から「制御不能な状況だ。災害レベルで感染が猛威を振るう非常事態」と報告された。医療提供体制については「深刻な機能不全に陥っている」とコメントされた。……..国立国際医療研究センターの大曲貴夫・国際感染症センター長は「もはや災害時と同様に自分の身は自分で守る感染予防のための行動が必要な段階である」と強調した。”

状況はまさにこれと似ていると思う。もはや長期的にみても、自分の身は自分で守らなくてはならない。この原因を作ったのは日本自身である。初期にロックダウンするなりして感染抑制と同時に状況を把握し、その間に対策を立てて検査体制を拡充し、更に感染が拡大しても社会が回るように再構成するべきだった。これをやる期間が日本にはあったのに、他国の出来事を完全に他人事として、他人の不幸を喜ぶように傍観していた。日本はどれだけ脆弱なんだろうか。動物でも植物でのin vitroの細胞でも、選択圧とみなすことができるようなストレスに対応できない個体は死に、適応できた細胞が生き残る。ホメオスタシスが維持できなくなっても死ぬ。こういったことに適応して、もはやどこかに依存しないような仕事をするというのが生存のために有効と言える。こういった働き方を模索する時期に来ている気がする。だからといって、ブロガーとかYou Tuberとか、そういったゴミを食らってゴミを産み、それで生計を立てる(ゴミであればあるほど、無意味であればあるほど稼げる。ゴミで暇人の暇を満たす。)のは将来に渡って健全ではないことは明らかである。ある種のコンプライアンスやポリシーを遵守できないためだ。もちろん人生を諦めゴミを食って死んでも良い覚悟があるならそれもいいだろうが、それではまるで、何のポリシーない無法地帯のような、やることも定まっていないエントロピーだけが増大していくような状態になってしまうだろう。この1年はおそらくそのための準備や実験のための期間になるのではないだろうか。まずは自分のやってきたことを整理し、なんとかしてオープンなものにし、一体どういったことに繋がるのか、そういったシーズを少しずつ撒くのは有りなんじゃあないだろうか。というか、やったほうが良い。なにをやるかは、自分の手記に残そうと思う。模索中なので。