最近うちのラボについて思うこと(その3)論文抄読会がないことの弊害

日付;2021/10/15(金)

大学や生物系の研究室を経験した人ならJournal Club(論文抄読会)を知っていると思う。自分もアメリカに来る前は当然のように行っていたし、学生にも、ラボで発表するときに恥にならないようにしっかりと(かなり厳しかった….)教えた記憶がある。しかし、本当の意味で科学をしていたり、自分で助成金を取らなくてはならなかったりすると日常的に論文を読むことになるので、こんなもんを共有する意味は学生の教育以外ではないと思っていた。

今在籍しているラボではこの論文抄読会がない。はじめのころ(2017から2019年ころ)はほとんどその弊害はなく、逆に楽でいいと考えていたが、最近ではこれがないことに対する弊害があまりにも大きい気がしている。考えてみれば、科学をやっているならばいろいろな問題を解決するためにいろいろなことを調べたりする必要があるし、それをチームやボスと共有できなければ研究の効率が悪いことは想像できる。

結論を言えば、学生が居ても居なくても、日常的に論文を読んでいて本人は必要がないとしても、絶対にやったほうがいい。やらないとバ○になる可能性が高い。

なぜそれを思ったかというと、その論文抄読会さえない現所属ラボのボスの研究スタイルや、そのボスの直接の指示で研究(というか単に実験)を行っているRA(Research Associte/Assistant;たぶん研究助手)、そしてもうひとりのポスドクの研究進捗を見ていて、いろいろとロジックがおかしいところがあるし、なぜその現象をそんなに頑張って見ているのか、なぜそのデータに対してそんなにInteresting!みたいになるのか、理解できないことが多く、それを指摘しても全く響いていないように思うからだ。そんなものに22万円もするキットを使ったり、差が出ないからといって、何度も似たような条件でRNA-seqをやったりするのは、無駄ではないのだろうか。実は自分の実験にもすこし暗雲(進捗の遅さ、効率の悪さという意味で)が出てきているように思う。

もし最新の論文を共有しておけば、すぐに起動修正したり、データの良し悪しを判断して馬鹿みたいに何度も同じ実験を繰り返す必要もなくなったり、将来の見えないデータに一生着目したりするしなくていいのではないだろうか。

自分がよく遭遇するボスの性質とそれがもたらす結果について大雑把に以下の表にまとめてみた。

性質結局
流行りをやりたい。自分の目から見れば、それはもう流行りを通りこして臨床でも確認されていることであり、もはやin vitroやin vivoで似たような実験をするのは古い。無駄に近い。だってそんなもん、もはや良い論文に通らないから。
思っている結果と違うと、そのデータをロクに解析もせず捨てるような状態になる。挙げ句、これをやれば、こうならなければならないので、この実験をすると、こうなる。だからやれ。みたいなことを言い出す。これは一歩間違えば、再現不可によりResearch misconductになり得る。今日(10/15/2021)のミーティングで示されていたが、これまで使用してきたPTK6阻害剤を入れてもその直接の基質であるFAKやPaxilinのリン酸化が低下しないらしい(「他のキナーゼからもリン酸化を受けているからだ」とか言っていたが、果たしてどうだろうか。都合の良いように考えすぎではないのか?)。それは一体どういうことだろうか。以前のポスドクたちは各々が各々で捏造でもしてきたのだろうか。グズグズいっても始まらないし、これまで都合の良いように実験してきた報いだろうと思って見ていた。幸い自分はこのPTK6阻害剤の実験には無関係である。
これまでに知られていないこと、臨床で行われていないこと(薬剤の併用など)など、未知のものを全く認めず、たとえ結果から明らかに導かれるような状態でもやりたがらない。偉い教授や仲間(?)に何か言われると、以前は絶対にやらなかったのに急にやりたくなる。直近の例ではTNBCtypeの解析がそうだった。もうすでに3年前にその結果を示しているが、当時は全く取り合わなかった。それが今になってやってみたいと言い出した。その当時にちゃんと考えていたら、どうだっただろうか。また、言っている実験が、どのくらい難しい実験なのか、どのくらい新規な実験なのか、わかっていないのではないかと思う時が多い。調べてみるとかなり難しく、チャレンジングな場合が多い。

これは、後にも先にも「そういった最新の情報、その収集にかなり疎く、さらには科学をやっていない」という結果につながる気がする。実際、うちのラボの論文のインパクトは、アメリカの医科大学で金もかなり費やしている割にに、かなりヘボい(当然、日本よりマシだが)部類に入ると思う。

論文抄読会を全くやっていない現所属ラボの状態を以下に簡単に記録しておく。これは主観なので、そんなもんだ、という人もいるだろう。

  • 薬剤のスクリーニングを一生やっている。
    • 一体なにが目的なんだろうか。もう目的のターゲット分解されてるんだから、それで良くないか?何度も似た実験を行う。
    • ターゲット同じだよな。じゃあ、結果だって同じようになるに決まってるだろうが。
  • ランダムに薬剤を作製させる。
    • 手当たり次第かよ。で、それを使っても結果として起こる主な薬理作用は同じだろ?薬剤の濃度が低くなればいいけどな。なってないけど。なんで続けてるの?
  • 不安定なデータを有意差がでるまで行い、それを採用して次の実験に進む。
    • そんなデータ処理をやってしまって、後々どうなっても知らんからな。
    • そもそもそれってEMTじゃない(実験とデータが足りない)し、彼のフローサイトメトリーは死細胞を除いていないので信憑性ない(偽陽性が出まくる)よ。うまく行かないならもう一度解析したほうが良いと思うのだが。
  • 因果関係を決めつける。
    • 捏造しろと?というか、この人もう捏造に近いことしてんじゃねぇのか??
  • 流行りをやりたがるが、それ、もう陳腐化されてしまって流行ってなくない?
    • なんで急に腫瘍免疫だよ。基礎データねぇだろ。
    • ひとりでやってくれよ。そんなん、すでにだれかが似たような研究やってて二番煎じだし、そんなんだから良い論文になんて載らないと思うのだが。

共通することとして、「勉強不足により研究の新規性、有用性、重要性等の研究を進める上での判断基準の最も大切な部分が欠損している」と自分には見える

論文抄読会をやっているかどうかは、良いラボか駄目なラボか判断する良い材料だと思う。現時点で、やっぱり現所属のラボは、業績などから見ても駄目なラボに位置するだろう。残念だけど。

あと、過去に在籍したラボでの論文抄読会の良し悪しと、ラボの結末について書こうと思う。

ラボ論文抄読会    様子その後ランク  
大学院ありラボのレベルとしては素人と言わざるを得なかったが、素人集団としてはOKだったと思う。 教授が医学科の教授戦で敗北し、その後、なぜか某センターの部長に。実質実質的に左遷だろう。3
大学院2なしほぼ現存。超優秀ラボ。しかし、施設名が統合により変更になる。1
ポスドク1
(大学院2とほぼ同じ)        
なしほぼ現存。自分の専門分野とこの研究室の分野が違っていたし、他に良い募集を見つけたので悩んだ末に退職。1
研究員 あり科学としてはポスドク1についで良かった。      某機構と統合になり、その流れで事実上消滅。これについては国の施策が悪かったと思う。2
ポスドク2なし完全に行くところをミスった。ラボの将来を考えたときに、どうやってもアウトだったので、論文出版後に撤退(辞職)。その後、ラボメンバーの盗聴事件によりラボメンバーのおっさん(NS氏;女性がたくさんいる部門にマイクを仕掛けているのがバレた。最悪である。おそらく、施設側がもみ消して、刑事事件にはなっていない、と思う。)の左遷(たぶん)と、ラボの診療・研究業績悪化(たぶん)により、ラボは消滅(退職後により真理はなぞのまま。)。5
ポスドク3なし現所属。論文も書いたし、そろそろ終わりかな。4

大学院2とポスドク1の所属研究室は、その専門が自分の専門分野と違っているので、シンプルに比較できない。しかしながら、医学・生物学分野では論文抄読会のクオリティーとラボのレベルは相関しているように見える